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第13章 番外 前編
屋敷で働き始めて、三ヶ月が過ぎた。


実和の主な仕事は、早織の身の回りの世話であった。
彼女の口にする食事、口にする飲み物、口にする薬、その量、
今日の顔色、体調、発作の兆候、その全てに 研ぎ澄まされた注意が必要だった。
屋敷と早織の部屋には介護に差し支えの無いように、十分な設備が整えられていたが、
その様子が芳しくないときは、一睡もせず付ききりで傍に控えることもあった。

実和は覚えるべき全てを覚え、進んでよく働いた。
同じ年の実和を、使用人だからと決して下に見ることは無く、
むしろ友人のように接したがる 情の深い主の元で働くことに、実和は無上の喜びを抱いていた。
早織も実和に惜しみない好意を注いで、他にも控える使用人の中、
彼女が呼ぶのは必ず実和の名だった。


早織は、自分がそう遠くもない未来、死ぬという その臆面の欠片も見せず
白い布地越しに降り注ぐ陽光のような、穏やかに明るく 優しい気性であった。
所作は静かで儚げで、女の実和もそれを見つめていると
何やらはらはらとしてしまったものだ。

その主の為か この屋敷の他の使用人たちも皆 おおらかで、
前の屋敷に漂っていた一瞬即発の切迫した空気は、ここではどこにも見当たらなかった。


津々井の別宅と言えど建物としては北の屋敷のほうが遥かに歴史は古く、
本宅は洋館建てであるのに対し、こちらは生粋の純日本家屋。
太平洋戦争時の空襲で一部焼失したのを先代が多額を投じて建て直したのだとか。
古い屋敷は時代の流れを感じさせない雰囲気があった。

何よりも印象的であったのは その屋敷に住む二人の住人。
この姉弟の中で、互いの時間が許す限り共に時間を過ごすのが当然の事であるらしく、
ただならぬ親密さを秘めて寄り添う姉弟の姿は、光と影を連想させた。

早織に仕える実和は必然的に、雅斗と共に過ごす時間も増えていったのだが、
その年下の少年の周囲には、何やら冷え冷えとした空気が漂い 人を寄付けない暗闇を纏っていた。


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