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第6章 6
「旦那様・・・」


 檜の芳香が部屋に漂う脱衣場で、男の着替えを整えながら、
実和が美しい眉を微かに寄せて、控えめに声を掛けた。
受け取ったカフスボタンは、まだ体温を残して温かい。


「何だ」


白いシャツのボタンを外しながら、男が言う。


「差し出がましいことを申すようではありますが・・、
 ・・・あの娘はまだ十六なのですよ。
 只でさえ急に親元を離れることになり、辛い思いをなさっているのです。
 どうか、あまり無理を強いりませぬよう・・・・」


「そうか・・・お前も、 似たような境遇だったな」


男の返答に、実和は戸惑って口を噤んだ。


「俺を軽蔑するか」


目を伏せる実和を真っ直ぐ見て男が言った。


「いいえ!いいえ、決して・・・」


「するだろう?してもかまわん。
 だが、この事に関してだけは口出しはするな。
 して欲しくない」


「けれど・・・、旦那様、 せめて・・貴方様のお名前ぐらいは
 お教えになってもかまわないでしょう・・・?
 何も知らされないままでは、余計に不安も募りましょう。
 何故、其れさえもおっしゃらないのです?」


「厭だね、俺は」


実和に顔を背けて、吐き捨てるように言うと、
この男には珍しく、胸の奥で何かを磨り潰すように、言葉を濁した。


「あの 声で。・・・あの 顔で――
 もしも名前を、呼ばれでもしたら、 俺は

 混同する。俺は とても まともではいられんよ」


「旦那様・・・」


「くそっ  馬鹿馬鹿しい。
 もういい。何も言うな」



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