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M嬢のいる風景
第1章 逢瀬
 ご主人さまは、とても意地悪な方です。

 いつも、得意の催眠術を使って、私の心を弄びます。

 逢瀬の日。

 待ち合わせの場所で、ご主人さまは決まって、私の額に人差し指を当てます。

 私は何度もご主人さまの催眠術にかかっていますので、この程度の事でも催眠状態に陥ります。

 間髪を入れずに、ご主人さまは私の耳元に囁きます。
「もう、欲情の炎は消えてしまったね」
 それだけで、私の心から、ご主人さまから責められたい、縛られたい、鞭打たれたい、といった切実な願いが霧散してしまいます。

 私は、ご主人さまと、街を歩き、食事をし、たわいのない会話をして、満足してしまいます。

 その間、ご主人は度々私に欲情を抑える言葉をお掛けになります。

 やがて、逢瀬が終わる時間になると、ご主人さまは、また、私の耳元に囁きますが、その言葉を意識することはありません。

 にこやかに挨拶を交わし、帰路についた私。
 電車に乗り、ものの十分もした頃。
 ご主人さまの最後の囁きが、効果を顕します。

 逢瀬の間、ずっと眠っていたマゾヒストの性が目を覚まし、幾倍もの勢いで被虐への欲望が湧き上がります。

 私の理性と身体は苛まれつつも、耐えなければなりません。

 ご主人さま以外の方の前でマゾヒストの顔を晒すのは、厳に禁じられています。
 背中に汗を溜めながら、とても長く感じる帰路を乗り切り、自室に駆け込むと、私は自分の身体を抱き、慰め、嬲り、そしてご主人さま宛の恨み言を幾重にも募らせたメールを、恋文を、いえ請い文ですね、それを認めるのです。

 いつも、そうなのです。
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