この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
真紅の花嫁
第1章 深緑の美術館
「きみ、姫川家を知らないの?」
酒井館長が横から口を出す。
「江戸時代から続く名家だよ。
彼女、今のご当主の娘さんで――」
ちらっと真波に視線を走らせたのが、見なくてもわかった。
真波は気がつかないふりをして、キーボードの手を休めない。
「ほら、町はずれの高台にある歴史資料館。
あれって、もともと姫川家の邸宅だったのよ」
市ノ瀬が後を引き取った。
「まあ、今は昔ほどの勢いはないけどさ。
それでも朝比奈市の政界には、けっこう影響力があるって話よ」
「ぼく、そういうのに興味がないから。
でも、とってもきれいな方でしたね」
「やだ。亮くん、ヘンな気をおこしちゃダメよ」
「あんな美人のお姉さんに、高校生なんか相手にもしてもらえませんよ」
「そんなこと言って、亮くん、学校でモテるでしょう」
「市ノ瀬さーん、それってセクハラ」
軽口の応酬を聞きながら、真波はふと、収蔵庫での出来事を思い出す。
パソコンのキーボードを打つ指先、
亮に舐められた傷口が軽く疼いた。
あの時の、大人びた不遜な笑みを浮かべた亮と、今の、無邪気に笑う少年が、頭の中で一致しない。