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真紅の花嫁
第1章 深緑の美術館

「きみ、姫川家を知らないの?」

酒井館長が横から口を出す。

「江戸時代から続く名家だよ。
彼女、今のご当主の娘さんで――」

ちらっと真波に視線を走らせたのが、見なくてもわかった。

真波は気がつかないふりをして、キーボードの手を休めない。

「ほら、町はずれの高台にある歴史資料館。
あれって、もともと姫川家の邸宅だったのよ」

市ノ瀬が後を引き取った。

「まあ、今は昔ほどの勢いはないけどさ。
それでも朝比奈市の政界には、けっこう影響力があるって話よ」

「ぼく、そういうのに興味がないから。
でも、とってもきれいな方でしたね」

「やだ。亮くん、ヘンな気をおこしちゃダメよ」

「あんな美人のお姉さんに、高校生なんか相手にもしてもらえませんよ」

「そんなこと言って、亮くん、学校でモテるでしょう」

「市ノ瀬さーん、それってセクハラ」

軽口の応酬を聞きながら、真波はふと、収蔵庫での出来事を思い出す。


パソコンのキーボードを打つ指先、
亮に舐められた傷口が軽く疼いた。


あの時の、大人びた不遜な笑みを浮かべた亮と、今の、無邪気に笑う少年が、頭の中で一致しない。


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