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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第3章 血まみれ道化師と血みどろお人形
「……どうけし、」

 思わずくちを突いて出たその言葉は、相手にも届いたようだった。

 真白い顔に、紅色の雫型の模様。

 血の涙を一滴垂らした、悲し気にもおかし気にも見える顔。

 あ、と思ったときにはもう遅い。

 目の前に、ばさりと白いものが覆いかぶさってきた。途端に濃く香る、血のにおい。

 殺される。
 そう思うと、自然に手足が動いた。いつ死んでも良いような場所で生きてきたくせに、そんな己でも死ぬのは恐ろしいのだと初めて気付く。覆いかぶさってきたものから逃れようと必死でもがく。大層な苦労の末、血なまぐさいそれをからだから取り払う。

 明るくなった視界に飛び込んできたのは、人垣だった。

 何処から湧いてきたのであろう。数えるのも億劫なほどのひとの波。彼らは陽色を、正確には陽色と、白いドレスの遺骸を、遠巻きに囲んでいた。

 見回してもあの道化師の姿は見えない。

 いつの間にか、煙のように消えている。

 今しがたからだから取り払ったものは、汚れた大きな布であった。べったりと赤く染まった、粗末な毛布であった。それこそ、陽色がよく引き摺り込まれる安宿に、よくあるような。

 ひとごろし。

 誰かが、そう、云った。

 え、と思う間もなく、陽色の腕は誰かに捉えられる。一拍遅れて、鈍い痛みが襲ってきた。

 ひと殺し、ひと殺し、ひと殺し!

 がんがんと響く醜い合唱。耳を塞ごうとしても、手が自由に使えない今、その酷い音を遮る手段はない。

 ひと殺し! ひと殺し! ひと殺し!

 ああ、嫌だ、いやだ。

 まるで陽色の声が束になったみたいに。鴉のように、があ、があ、があ。

 されるがまま、ひっぱられていく。茫然としていた、ことにすら、気付かなかった、のかもしれない。

 腕から、脚から、全身から力が抜けてゆくのを、陽色は他人ごとのように感じていた。
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