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Tears【涙】~神様のくれた赤ん坊~
第9章 ♦RoundⅥ(天使の舞い降りた日)♦
 悪阻が始まったのかもしれない。
 有喜菜は茫然と鏡の中の自分を見つめた。
 過去に三度の妊娠を経験しているが、悪阻らしい悪阻を経験したことはない。異変が起こるまで妊娠経過は至って順調だった。
 鏡の中の女は蒼白く、透き通るように不健康な血の気のない顔をしている。唇はルージュも落ちて、酷い有様だ。
 これから十ヶ月間、自分は子どもをこの身体の中で育てる。その事実が今初めて、ひしひしと迫ってきた。これが自分自身の子であれば歓びも湧こうが、この子は間違っても有喜菜の子ではない。憎い―あの女の子だ。
 憎い? 私が紗英子を憎んでいる?
 これまで一度も憎んだことなどなかったのに、今、自分は確かに紗英子を憎いと思った。
 有喜菜はそっと腹部を押さえた。ここに新しい生命が息づいている。そう思っても何の感慨も子どもへの愛おしさも湧かなかった。
 しかし、この子は紗英子の子であると同時に直輝の子でもあった。うまくいけば、この子は二十三年前に途切れた男との縁を繋いでくれるかもしれない。
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