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100万本の赤い薔薇
第1章 いつも見てた
「ありがとう」


笑いながらそう言うと、
再び腕を組み直して茉莉子は歩き始めた。


返事とか、促すのは、
きっと無意味なんだろうと思うと、
健太は少し酔いが覚めてきて、あれこれ考える。


「ごめんなさいね」


ほら、多分、
やんわりと断られるんだろう。
拒絶じゃなければ、まだチャンスはあるかもしれない。
なんて言おう。
冗談だったと戯けてみせた方が良いんだろうか。


沈黙の中、一瞬でこの次の一手を考える。


「私、目が悪くてね。
バーに行く時は眼鏡を外してたから、
健太さんのこと、見えてなかったの。
だから、金曜の夜に、初めて顔を合わせて、
今日、初めてお話ししたばかりって感じで」


茉莉子は静かにゆっくり言葉を重ねる。


「それにね、
健太さん、私のこと、何も知らないでしょ。
私も同じ。
年齢だって違い過ぎて…」


もう一度立ち止まった健太は、
茉莉子を抱き締めながら茉莉子の言葉を遮った。


「何も知らないけど、
一目惚れなんだ。
笑顔見れるだけで、いつもほっこりしてる。
それだけ言いたくて。
どうせ、俺なんて歳下で頼りないだろうし」


「煙草」

と、茉莉子が見上げて健太の言葉を遮る。



「健太さん、煙草吸うのね。
私ね、喘息があるから、煙草が苦手なの。
煙草吸う人とは、キスも出来ないから」

と、抱き締められたまま、
笑いながら言うと、


「ほら、もう駅に着くから。
ギターの練習の日が決まったら、電話してね」


「あ。今日、一杯のつもりが、
すっかりゴチになったから、
お礼にメシとか、どうっすか?
ランチでも、夕食でも」


「そうね。ランチなら。
いつが良い?」


「水曜だと、
昼の電話当番で1時から外に出れるから、
店が空いてそうな気がする」


「今週はボスが出張で居ないから、ちょうど良いわ。
じゃあ、明後日の1時過ぎに。
バーの前で待ち合わせしましょ。
お店は任せるから、薔薇の花束抱えて来てね!」


そう言って、
茉莉子はギュッと健太をハグしてから、
そっと身体を離した。
 

「おやすみなさい。
電車で寝ないように立って乗ると良いわよ。
送っていけないから、
家に着いたら、念の為に電話してね」

というと、手を振って踵を返して戻っていく後ろ姿を、
健太は呆然としながら眺めていた。
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