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100万本の赤い薔薇
第3章 怖くて堪らない
目を閉じると茉莉子をより近くに感じる。

唇が少しずつ大きく開いていく。
舌の蠢く感じもどんどん柔らかく大胆になる。

長谷川の唇が頬を通り過ぎて耳に触れる。
耳朶を優しく喰みながら、

「まだ俺が怖い?」
と囁く。


「長谷川さんは怖くないわ。
でも、自分が欠陥品みたいで恥ずかしいし、
どうして良いかも判らないの」


「欠陥品?」


「夫は…
夫とはきちんと愛し合った記憶もないの。
愛されていると感じたこともないわ。
キスしたこともなかった。
私のこと単に子供を産む道具だと思っていたのね」


「えっ?」


茉莉子は静かに続けた。

初めての時は…眠っているうちに終わってたの。
目が覚めた時に、物凄い違和感と痛みがあって。
どういうことか最初、判らなかったの。
勿論、知識としては知ってたし、
ある種の憧れも持っていたけど、
まさかそんなことされると思ってなかった。
夫は元々、ホームドクターで、
子供の頃から先生と呼んでいたわ。
年齢も二回り離れていたの。
家族ぐるみでお付き合いしていて、
大学4年の夏休みに論文の整理と翻訳のアルバイトを頼まれて。
先生のお姉様がいつも病院の受付もされてたけど、
アルバイトに行く時には必ず、
不思議と生理のことを訊かれて…
体調悪い時にお願いするのは大変だからと言われて
そんなことまでお気遣いくださっていると感謝していたくらいだったけど、
それ、私の周期を確認して、
わざと妊娠しやすい時にアルバイトに呼ばれていたって、
後になって鈍い私でも気がついたわ。

翻訳が一通り終わった時に、
疲れたでしょう。
おやつをご用意しているわとお姉様に言われて、
それをいただいたら眠ってしまって、
目が覚めた時はベッドに寝かされていたの。

余程お疲れだったのねとお姉様に言われて、
物凄い怠さと痛みを感じながらタクシーを呼んで貰ってフラフラと帰宅してお手洗いに行ったら下着も汚れていて、
なんかよく判らないけど、血液に混ざって変なものもどろりと出て、
生理が来たのかと思ったの。

急ぎの論文だからと翌日も呼ばれて、
その日は、翻訳終わった後に、
「お疲れ様。良かったら少し飲みましょうか」と先生に言われて、
赤ワインと軽食を出されたの。
そんなこと言われたのも初めてで、戸惑いながらグラスを手にしたの。
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