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Memory of Night 2
第29章 桃華

宵は一歩も引かなかった。座ったまま身を乗り出して問いつめてくる。
「なあ、答えろ」
「がたがたうるせーよ!」
春加は気づけば立ち上がり、声を荒げていた。
頭が割れるように痛かった。耳鳴りの向こう側から、土砂降りの音が聴こえるような気さえした。
吐き気とともにこみ上げる、嫉妬、劣等感。
……当たり前のように幸せを手にしていたくせに。愛する男も、その子供も、全部手に入れていたくせに。いつだって彼女は綺麗なところからーー。
「ーー見下してたんだろ……? あたしを。惨めで汚いって思ってたんだろ……? ……本当はーー!」
「ーーえ?」
戸惑ったように揺れる灰色の瞳に、春加は我に返った。
違う。違う、違う。
着ていた制服を握りしめ、激しく首を振った。
彼は桃華じゃない。
「おい、あんたマジで顔色……とりあえず座れ」
宵も立ち上がり、横から春加の肩に手を置こうとしたが、一瞬早く春加はそれを振り払った。
ふらつく足取りでドアへと向かう。
取っ手を掴む前にドアが開き、目前には亮が立っていた。
春加の心はますますざわつく。
「ーー体調悪いんで早退します」
それだけ言い捨て、走る。
何もかもが惨めだった。あの時と同じ気持ちだった。
店を出ても吐き気は治まらず、車に向かう途中、草むらにうずくまった。
吐瀉物と一緒に、自分を丸ごと捨てられたらいいのに。そう思った。
ーーもしも桃華に生まれていたら、亮を手に入れられたのだろうか。
そんな思考に辿り着いてしまう自分に笑えた。

