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黒い瞳
第3章 淳子~6歳~

帰り際に、
「あんたもいい思いをしたようだし、
高い授業料だと思ってあきらめるんですな」と
被害者をなじるような台詞を残して
刑事は帰っていった。


しばらく母は呆然としていたが、
ハッと我に帰ると、 「塩!塩!」と言いながら
台所へ走った。

台所から母は、塩の壺を小脇に抱えて出てきた。

そして、玄関を出るや否や、塩をあたり一面に撒き散らかした。

「ちくしょう!バカにしやがって!
ちくしょう!ちくしょう!」

母は大粒の涙を流しながら、
何度も何度も塩を撒いた。

近所の老人たちが何事かと
遠目に眺めているのに気付くと

「見せ物じゃないんだよ!とっとと消えな!」と
毒づいた。

「刑事も刑事だよ!何様のつもりだい!。
助平な目つきで私を見やがって!」

塩をすべて撒き終えると、ガラス戸を閉め、
家の奥にひっこんで布団をかぶり、
涙が枯れるほど泣いた。


淳子は、為すすべもなく、
これらの一部始終を食卓の前で、
おとなしく座って傍観していた。

母を追って淳子が布団に入っていくと、
母は力強く抱きしめてくれた。

ごめんね、ごめんね、お母ちゃんがバカだったね。
淳子にランドセルや机を買ってあげようと貯めておいたお金、
全部取られちゃったよ・・・

そう言ってまた、おんおんと泣いた。

やがて涙も枯れ果てたのか、母の嗚咽が止んだ。


そして、低く唸るような声で

「こうなったら、男を食いもんにして生きてやるよ」と独り言を呟いた。

淳子は母のそうした恐ろしい声を始めて聞いた。

夜の暗闇のせいで、母の形相はわからなかったが、 おそらく3歳のあの夜のような夜叉の形相であったにちがいない。

布団に包まれ、母に抱かれ、
暖かいはずなのに、
なぜか淳子は体がブルブルと震えた。


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