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Kiss Again and Again
第20章 初 冬

 それは なんとなくだった。 深く考えもず 海が連れて行ってくれたレストラン『ボゥボゥ』というのはどんな意味なのだろう、と検索しただけだった。 フランス語だろうかと 調べてみただけだった。

 「日本人パティシエ」という言葉に 指がとまった。


 ”パリっ子モデル 日本人パティシエと婚約”

 赤毛でそばかすのある顔が大きく笑ったパリっ子モデルの写真。 隣に後姿の白いコックコート。 やや横を向いた顎のラインまでが写っている。 顎から首筋にかけてのライン かすかに覗く咽喉仏。

 樹さんだ。
 間違えたりしない。 わたしにキスをしてくれた唇だ。

 異国の地で 誰かを愛している 前に進み続ける樹さん。 他の女の人と愛の時間を過ごす別れた人だ。


 一瞬で 身体の中に空洞ができた。 
 頭の内からあらゆることが消え去り 空白になった。

 手足が 機械のように感じられる。 それでも仕事はできた。


 「山岸が異動になるから 送別会を兼ねて 今日飲みに行かない?」
 誰が誘ってくれたのかもわからないまま
 「よろこんで」

 それでも人生は 動いてゆく。
 次のページに進むために 動いてゆく。


 「あゆ ピッチが早いよ。 大丈夫?」
 莉央ちゃんが心配そうに聞く。 大丈夫なフリをしているだけ。 全然大丈夫じゃあない。 でも フリはできる。
 「今日は なんだかお酒がおいしくて」
 嘘もつける。

 わたしは 大人になったのだから。

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