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夜の蝶の物語
第1章 夜に羽ばたく蝶
車に乗り込む時に、
やけに湿気が身体に
纏わりつくと思っていたのだが
ポツポツとついに
車のウィンドウに雨粒が当たりだした。
「雨になりましたね」
私たちをデルヘリ事務所から
お客様の元に送り迎えしてくれる運転手の
稲本さんが
暗く陰湿そうな声で話し始めた。
問いかけに返事もせずに
後部座席のスミレは
後部ドアの窓に後方へ流れ飛んでゆく雨粒を
ぼんやりと見ていた。
「一つ聞いてもいいですか?」
稲本がバックミラーをチラッと見ながら
問いかけてきた。
「なに?」
女性の扱いに慣れている男なら
このスミレの一言で
野暮な質問をするべきではないと
気づいただろうが
今までの仕事をリストラされ、
人生を転げ落ちてきた50歳前の
うだつの上がらないくたびれた中年の稲本には
そんな気遣いなど出来るはずもなかった。
「いえね、やっぱりこういう
デリヘルをされる女性ってアレが好きだから
こんな仕事を選んだんでしょ?」
くだらない質問だと、
スミレは無視を決め込んだ。
しかし、稲本の質問責めは止まらない。
「やっぱりあれですか、
いい男に当たったら惚れてしまうんですか?」
スミレは稲本の質問を聞き流した。