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第3章 黒いストッキングの女2　美冴

　34　大人の機転

　「絶対って…、わかったから、そんな怒るなよ」
　部長は苦笑いでそう言ってきた。　

　怒ってる、わたしは怒ってるのか
　恥ずかしい、こんなムキになって完全に嫉妬じゃないか…

　「お、怒ってるわけじゃ…」
　急に恥ずかしくなり言葉が続かない。
　
　やだどうしよう、何か言い訳しなくちゃ…
　わたしは動揺し、狼狽え始めてしまう。

　その時だった、彼は、フッと微笑み、　　　　　　　　　　　　　
　「あ、そうだ、ノドがかわいたなぁ、何か飲むかぁ」　
　そう言ったのだ。

　多分、こんなわたしの狼狽えた様子を感じ、彼が咄嗟に機転を効かせてそう言ってくれたのだろうと思われる。
　そしてすくっと起き上がり、冷蔵庫を開けた。

　「ありゃ、ビールと、缶チューハイしかないや…」

　その気楽に話してくれる感じにわたしの動揺した気持ちも少し楽になり、重くなりつつあった会話をさらりと流してくれる、そんな彼の大人の機転が嬉しかったのだ。

　もしもまだその話しの流れを続けていたとしたら、思わず嫉妬心からムキになったことを必死に言い訳しただろうし、更にますます苦しくなって自虐な思いになっていったに違いない。
　そして密かにこの胸の内に隠したあの蒼井美冴に対して感じてしまったあの不思議さや、アンニュイな雰囲気に魅了されてしまったことや、再び持ってしまった深層的な嫉妬心を再認識したこと等についてもきっと吐露してしまった事だろう。
　だが、例え、彼、浩一さんにでも、その事だけは話したくはないし隠しておきたかったのだ。

　だからわたしはこの寝物語的な会話の顛末に、こんな咄嗟の機転を効かせてくれたことが嬉しいし、この大人の対応がさりげなく出来る彼を、改めて惚れ直してしまっていた。
　そしてこれからも、この先も、万が一行き詰まった事があってもこうして彼に頼ったり、ぶつかっていけばよいのだ、そして彼についていけばいいと思ったのだ。

　「じゃあ、ビールがいい」
　「珍しいなぁ、ビールを飲むなんて」
　「夏は、たまには飲みますよ」
　そう言いながらビールを飲む。

　この久しぶりに飲んだビールの清涼な苦味が、スッと、わたしの今の気恥ずかしい気持ちを洗い流してくれるような感じがした。

　「そういえば内示が早まりそうだぞ…」

　構わない、これからもついていくのだから…