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シャイニーストッキング
第6章 黒いストッキングの女5     課長佐々木ゆかり
 88 母性

 完全に健太は墜ちたのだ。
 このわたしの言葉に、おそらく僅かに抱いていただろう淡い期待を完全に打ち壊されてしまった筈なのである。

 そしてわたしは化粧台に座り、ドライヤーをかけていく。
 このドライヤーのゴーという煩い音が健太のわたしに対する僅かな最後の期待を、有無を言わさずに完全に遮断したように感じたのである。
 そしてわたしは髪を整え、着替えをし、軽く口紅だけを塗った。
 健太はそんなわたしの様子をまだ快感の余韻に浸っているような、やや惚けた顔をして見ていたのだ。
 
 時計は午前1時15分を表記していた。

「そろそろ帰るわよ…」
「は、はい…」
 すると健太は、残念そうな、少し哀しそうな、落胆の色を浮かべてくるのだ。
 この表情はズルかった、わたしの母性に訴えかけてくる甘い表情なのである。
 
 これが、この表情が、年上のお姉さんキラーたる所以なんだろう…
 なんか、一方的にわたしが悪いような気がしてくる様に思ってしまう表情なのだ。

 ホント、ズルいわ…

「来週からよろしくね…」
 でもわたしは健太のそんな表情には負けないのだ、機先を変える為にもここで敢えて仕事の話しを振っていくのである。

「あ、はい…」
「期待しているわよ、わたしは他の新規案件も抱えているから、これから健太にはかなり期待しているし、甘えちゃうからね…」
 ここは優しい語調で言うのである、飴と鞭であるのだ。

「はい、頑張りますから、甘えてください…」
 飴と鞭のまずは飴が効いたようである。
 
「あ、そうだ、帰る前に一つ聞いてよいかなぁ」
「はい、何ですか」
「わたしの存在を知った時に、なぜ、すぐに顔を出してこなかったの?」
 そうなのだ、そのことが少し引っか掛っていたのだ。

「ああ、それは…」
 本当はすぐにでも会いに行きたかったんですが、既にゆかり先輩はキャリアアップして遥か上にいるので僕も何とか実力で少しでも上に昇進して、できるだけ距離感を無くしてから会おうって決めたからです…
 と、話してきた。
 そして健太もいつの間にかわたしを『姫』ではなくて、ゆかり先輩と呼び直していたのだ。

「平のままで再会してもまともに相手にしてもらえない、そんな気がして、だから、頑張ろうって…」
 
 本当にズルい、また、母性がキュンとしてしまった…

 






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