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胡蝶の夢
第2章  月 



その夜も蒼白い月がしっとりと辺りを照らしていました。


誰もが寝静まった館は、まるですべての生き物がその息吹さえも止めたかの様。


私はただ独りその静寂の中を歩いていました。


どこまでも続く長い廊下は窓の月明かりによって深紅のカーペットのみを浮きたたせ、紅く、生き物の食道の中を彷彿としました。


ここを進めば、私は私で無くなる。


なにもかもドロドロに溶けて消えていける。


いつしかそんな妄想さえ抱くようになっていました。


「行ってはいけない」と父からも兄からも禁止されたこの廊下は、一歩進む度に私の背徳感をくすぐり、その禁忌を犯すことが私の唯一の二人への反抗でした。


私はいつだって意思の無いお人形の様でしたから。


必要な時に綺麗に飾られて微笑んで居れば良い。


貼り付けた笑顔を仮面の様に被り続けるのが嫌になったのです。


本当の私を見てくれる者などいない。


偽者の私。


黒崎家の令嬢として演じながら生きる日々は、私にとってただの苦痛でしか無かったのです。





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