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それが運命の恋ならば
第5章 真実の口
…車は海沿いの道を走っていた。

海岸道路の脇、防波堤の上…夜目にもすらりと長身の男が佇み、こちらを見つめていた。

…李人様…!

間違いない。
間違う筈もない。
李人そのひとが、海風に髪を靡かせながら、凪子の乗る車を見送るように佇んでいたのだ。

一瞬捉えたその瞳は、はっとするほどの孤独と哀切に満ちていた…。

窓硝子に震える白い手を押し当てる。

…李人様!

「…止めて…」
…咄嗟に言いかけて、凪子は口を噤む。

「凪子様?何か仰いましたか?」
運転手がのんびりと聞き返す。

…もう、李人の姿は何処にも見えない。

車は海岸道路を速やかに進んでゆく。

「…いいえ…。
…なんでもありません…」
窓の外に釘付けになっていた瞳を、ゆっくりと逸らす。

振り返り、彼の姿を探す勇気も、凪子にはない。

…車を止めて、どうすると言うのだ…。
寂しく自問自答する。

私はもう、李人様の妻でもなんでもないのだ…。

彼はほんの気まぐれに、凪子を見送ったのだろう。
今頃は、もう凪子のことなど忘れているに違いない。

…私はもうあの方にとって、なんの価値もない人間なのだから…。

「…なんでも…ないのです…」

小さく、呟いた。

窓の外には、荒涼たる闇夜が広がっているだけだ。


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