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蝶の標本〜もうひとつのトパーズ〜
第2章 アバンチュール
ニューヨークに来て、ショッピングに出る時、
よく足を止めて外から観ていた小さなギャラリーがあった。

この日も、
美しいけどエロティックな女性のモノクロームの写真が、
真っ赤な薔薇に埋められるように置いてあるディスプレイが印象的なウィンドウに目を奪われた。


モノクロームなのに、
女性の唇がその薔薇と同じ真っ赤に見えるような錯覚を覚えた。


少し開いた唇の端から、
垂れ落ちているのは果物の果汁とも、精液とも取れるようで、
半開きの瞳は恍惚としていて、
祈っているようにも見えた。


ドアがそっと開いて、

「どうぞ中に…」と声を掛けられた。


少し訛りのある英語で、
それがむしろ、聴き取りやすいと思った。


ギャラリーのオーナーをしているとのことで、
今日から展示が始まる写真展の準備をしているとのことだった。
この日は、搬入日で、
ディスプレイしている途中だと説明された。


「殉教者みたいですね?」
と、ウィンドウに置かれた写真のことを言うと、

「愛の殉教者…というタイトルなんです」と、
嬉しそうに笑った。


多分、私の父ほどの年齢なんだろうけど、
笑うと子供のような顔だった。


ネームカードを渡されると、
マイケルとあるけど、
訛りの感じだと読み方が違うような気がして訊いてみると、

「ミケーレです。
よく判りましたね?
イタリア系なんですよ。
みんな、マイケルって呼ぶけど」と言った。


名前を訊かれたので、
「リカです」と答えた。


「よく、立ち止まって観てましたよね?」と言われると、
悪戯を見つけられたような気がして、
紅くなってしまった。

「今夜、この写真家の展示のオープニングパーティーがあるから良かったらどうぞ」と誘われた。


どうせ、和仁さんは夜、遅くまで帰って来ない。
或いは帰って来ないかもしれない。

そう思って、
「喜んで!」と答えた。


ギャラリーの関係者が、
ディスプレイのことで話を始めたので、

「お忙しそうだから、
これで失礼しますね」と挨拶をした。


ミケーレは、
「じゃあ、夜に!」と言って、
手の甲にキスをすると、
ドアを開けて見送ってくれた。


フワリと心地良いコロンの香りがした。
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