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重ねて高く積み上げて
第3章 たゆたう
1人の女性として見られたくて、体型やお化粧、ネイルから脱毛まで気を使っているのに、いつも釣れるのはユウくんじゃなく、違う男の人。高橋さんみたいにしつこい人は初めてだけれど、ユウくんじゃなきゃ意味が無い。ユウくんに選ばれたい。

「お先にビーフシチューです。トリュフはもう少し待ってねー」

湯気が立ちのぼるビーフシチューを静かに置いて、ヘラヘラと笑いかけられる。それが嬉しくて私も笑い返す。

「ありがとうございます。そういや、オーナーってどんな恋愛してきたんですか?」

「えー? 急にどうしたんですか」

ギョッとして高橋さんを見上げるが、こちらを一瞥したのみで、興味津々だというような視線をユウくんへと向けている。ユウくんがキッチンに引っ込んだ直後、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

いい匂いだ。甘いけれど少しビターで、ちゃんとカカオの匂いがする。

「トリュフ楽しみだなぁ」

「もしかして、言っちゃいけないような相手と……?」

話を逸らすことは出来ないようで、心なしか、隣から妙な圧を感じる。私はユウくんの恋愛事情を知っているから、彼の口から過去の女の話を聞きたくないのだけれど、高橋さんから知りたい、絶対に聞き出したいという熱量を感じる。

高橋さんが営業部のエースという理由もわかる気がする。この熱量に当てられる取引先が多いのだろう。

無駄な肉のついていない顎が、咀嚼するたびに動くのを不思議な気持ちで眺めていると「みんな良い人達だったよ」と、懐かしむような声がキッチンから聞こえる。

良い人達だった……?

「嘘でしょうユウくん⁉︎ 浮気は当たり前、不倫相手にされたりセフレにされたり金銭要求されたり、良い人達だったなんて……」

いくらなんでも能天気過ぎる。

隣で「うわぁ……」と小さく聞こえる。話題ミスったかな、なんて聞かれるけれど、それどころじゃない。彼女たちを良い人達だと思っているユウくんに驚きが隠せない。

ワインで少し酔っていた頭も覚醒してしまった。チョコレートの甘い匂いや果物のフレッシュな香りも、私の気持ちの抑制剤になんてならない。カウンターの仕切りより上に顔をあげて、チョコレートをタッパーに移しているユウくんの顔を見やる。

口角を小さく上げて、目尻を下げて笑っている。私の好きな笑いジワが見える。

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