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ホンモノはいらない
第3章 始まりの雨
「このぉ……、」

呆れられていることに気づく気配もなく、美天は慎一郎の背中をグリグリとつつく。その腕を捕まえて振り返った。

「星野さん……」

仕事しましょうよ…と続けようとして、慎一郎は息を詰まらせる。

視界の端に静かな視線を感じたのだ。
こっそりとその方向を確かめると、館長が笑顔でこちらを見ていた。

菩薩のように優しく微笑む、その笑顔がとてつもなく怖い。

「し、仕事をしましょうっ。……僕は修復を終えた本を戻してきますっ」

慎一郎は数冊を手に取ると、逃げるようにカウンターへと急いだ。

「慎ちゃあ~んっ、逃げなくてもいいじゃな~いっ」

背後で美天の甘ったるく可愛らしい声がする。
けれど慎一郎は、再び館長の反応を見てしまうのが怖くて振り返えれなかった。

振り返りたくなかった。
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