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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない

さて行くか、と思ったところで携帯が鳴った。
「よう」
再会して以来、久々に話す早田の第一声に、あの溌剌とした響きは無かった。
紅美子は冷蔵庫にマグネットで貼られたデジタル時計を確認しつつ、
「何、突然。びっくりするんだけど」
「急にわりぃ。今、時間ある?」
「ごめん、これから出かけるんだ」
部屋の電気を消し、バッグからキーケースを取り出して答えると、
「そっか。でもちょっと話があんだ。駅まで歩きながらでいいからさ。曳舟から乗る?」
「急に何なの? 別の日じゃだめ?」
「頼む」
「粘るね。女紹介しろ、っつってもアテないよ?」
「そういう話じゃない。そこには困ってねえよ」
早田の乾いた笑い声を聞いて、紅美子は溜息をつき、もう一度デジタル時計を見た。実はいま家を出なくても、まだまだ時間に余裕があった。途中、新宿の百貨店のブランドショップに寄って新作でも見ていこうかと考えていたが、どうせ見るだけなので虚しくなるのは目に見えていたから、
「わかったよ。じゃ、浅草から乗る。歩きながらでいいんでしょ。どこにいんの?」
「お前ん家の近くのコンビニの前」
「郵便局の近くのほうの?」
「そう、それ」
「なんだ。すぐ近くまで来てんじゃん。これで私が家にいなかったらどうするつもりだったんだよ」
「そん時はそん時だよ。……ま、ゆっくり来てくれていいぜ。待ってる」
「もう出るよ。五分以内に着く」
紅美子は戸締まりを確認してからアパートを出た。家の前の路地を抜けて大きめの道路に出ると、コンビニの前に早田が立っていた。平日にもかかわらず私服だ。
「よう、おつかれ」
「今日、休み?」
「ああ。三日休みもらえたんで、実家にいる」
「へぇ、そうやってフツーの服着てると、その辺のニーチャンだね。世界企業の社員とは思えない」
「オネーサンこそ、そんなにオシャレしてどちらへ?」
「いいじゃん、そんなこと。行くよ」

