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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない
 肩を撚じらせると、ビッ、と聞こえた。キャミソールの縫い糸が、どこかで切れたのだ。しかし井上の手の力は一向に緩まらず、力が表しているのは、すべての衣服をずたずたに破り裂いてでも、事を為し遂げようとする意志だけだった。

「にっ……」
 怖さよりも、哀しさが上回った──「二回もレイプすんなっ!!」

 天井に向けて、思い切り叫んだ。

 手が止まった。寝室が、閑寂に包まれる。紅美子は時間を止められたかのような、暈けたシルエットを見上げていた。やがて、コートとスキニーから手が抜かれ、覆いかぶさっていた上躯が去っていく。太ももにのしかかっていた重みも消えたが、それでも紅美子は、体の一切を動かすことなく、真上を眺め続けていた。

 井上は戻ってこない。

 目線だけを巡らせる。
 こちらに背を向け、ベッドの隅に腰掛けて、両手で顔を覆っていた。

「……ね、謝ってよ」
「ああ……。すまん」

 謝ってほしいわけではなかった。謝れ、と迫れば、ふてぶてしく否してくるのを期待していたのに、井上は後ろ姿で素直に謝り、紅美子は唇を噛んだ。

「……帰らないのか?」

 井上は覆っていた手をこめかみに移し、指先で軽く抑えた後、鼻口を覆って頷くように頭を前後に揺すって大きく息を吐いた。

 紅美子は身を起こして横座りになり、

「もう乗り遅れたよ」

 紅美子はボタンの一つなくなったコートを脱いだ。寝室に時計はない。あったとしても暗くて見えない。二つの現実を繋ぐ地下鉄は、いつもは帰還する自分を乗せ忘れて出発した……ということにした。キャミソールとセーターも首から抜き取り、乱れもそのままに、ブラのホックも外す。畳んでいた脚を前に出し、スキニーも脱いでいく。同じ体勢で、何の潤いの痕もないショーツも、体から剝ぎ取った。
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