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爛れる月面
第1章 違う空を見ている


「誰かタバコ吸う子でも、連れ込んでんの?」

 徹はタバコを吸わない。
 しかし初めて訪れた彼の部屋には灰皿があり、テーブルの隅にきちんと用意されていた。

「そんなわけないじゃん。クミちゃんのために買っておいたんだ」

 知っている。
 知っていて、訊いたのだ。

 夕食を作ってやって、二人で食べた後だった。徹は紅美子の料理を、旨い旨いと何度も繰り返して食べていた。お世辞を言っている様子はない。だが、作ったのは大して手の込んだものでもないし、特別な味付けができるわけでもない。いったい何が、どう美味しいのか訊いたとしたら、「クミちゃんの手料理は何でも美味しい」と真顔で答えるのだろう。

「んで」
 紅美子はいったん煙を吸い込んでから、「……何なの? コレ」
「だって」
「だって、何?」
「早くくっつきたくて」
「ふうん……」

 食事が終わると、徹が食器を台所へ下げにいった。作ってもらったのだから、当然洗い物は自分の役目、と腕まくりをするのかと思っていたら、流し桶に浸けただけですぐに戻ってきた。カウチソファに投げ出していた脚を腰でグイグイと退け、強引に身を寄せてくる。腰と膝の裏に腕を回し、太ももの上へと抱え上げられた。そのあいだ、紅美子は何事もない表情を保ち、したいようにさせていた。

 腕の中で煙をくゆらせると、手元に灰皿が差し出される。
 縁を叩いて灰を落とす左手を、徹はずっと目で追っている。

「どうしたの?」
「……指輪、してくれてるんだね」
「んー、まだ慣れてない。左利きだから案の定、いろんなとこぶつけてる」

 火の点いたタバコを挟んだまま、指を揃えて甲を差し上げ言うと、
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