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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ

土日、店を休みにした母は、友達たちと東北へ旅行に出かけていた。徹と紅美子も誘われたが、強烈なオバサマがたの格好の玩具にされるのは目に見えていたので、丁重にお断りをした。徹は今夜、この家に泊まることにしている。小学校低学年のころまでは何度か泊まったことはあったが、大人になってからは初めてだった。もちろん、紅美子の母も徹の両親も公認なので、学生の頃のようにコソコソとする必要はないのだが……。
「……あの、まだ日が高いですって」
「平気だよ。俺のアパートでも、してるじゃん」
「私が平気じゃないっ」
自分の母はいなくとも、彼の両親がすぐ近くにいる。特に、底なしに優しく、実の娘のように可愛がってくれる徹の母親が、気を利かせて何か持って来るかもしれない。ただでさえ、ついさっき恥ずかしい思いをしてきたばかりなのに、ここでまた、徹の母親にまで息子と絡み合っている姿を見られたら──徹の母親のことだ、目撃したとしても、実に上品な微笑みで、すっと身を引いて何も見なかったことにしてくれるだろう──、とても立ち直れる気がしない。
今日、二人で紗友美に会ってきた。
「……笹倉、徹です。クミちゃんがいつもお世話になってます」
徹が紗友美に頭を下げた。第一声で、クミちゃんから聞いてた通り本当に小っちゃいんですね、と言わないか心配していたが、さすがに、いきなりそんな言葉をかけるほど変わり者ではなかった。
「はいっ、お世話してます」
結婚に向けた諸々を進んでやってくれている紗友美に、いつまでも徹を会わせないわけにはいかず、ついにスカイツリー駅近くのファミリーレストランで待ち合わせをしたのだった。先に来ていた紗友美は、婚約者を連れて現れた時から、興味丸出しで目を輝かせていた。紗友美が徹に何を言うか、徹が紗友美に何を言ってしまうか、どちらも気が気でない。結婚という慶事だというのに、何故にこんなに気を揉む羽目になっているのか、甚だ謎だった。

