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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ
 脚を前に伸ばし、握り拳を作って肘を上げた。肩甲骨を絞ってから、一気に両腕を前へと突き出しても、全身を重たく包む倦怠は癒されるはずもなかった。

「っと……。……あいつらさー、いつからヤッてたんだろ。もしかしてお正月にはヤッてたのかなぁ。私、アホみたいにコスプレまでしてさ、ババアとヤッたアレ、しゃぶらされてたのかも。うぇ、また吐きそうになってくる」
「したのか」
「フェラ? いつもしてたよ」
「コスプレのほうだ」
「したした。よりによってメイド服でね、しゃぶらされるどころか、おもっきり顔にぶっかけられた。てか、徹が顔射好きになったのも、あの女のせいかな」
「そいつは可奈子の趣味には合わない」
「でも命令されてたかもしれないじゃん。キレイな彼女の顔にぶっかけて、ドロッドロのブスにしてやれ、って」

 どれだけ粗暴な語用で蓮っ葉になってみても、気分が和らぐことはなかった。タバコは、まだ喉奥に残る苦みと混ざって不味いだけで、舌打ちをした紅美子は携帯灰皿の蓋裏に押し潰し、パチン、と強く音を立てて閉めた。

「ったく、指導員っつって、何を教えてんだか。徹も徹だ。勉強好きなのは昔からだけど、何を教わってんだよ」
「それは……」
「ん?」

 井上が鼻息だけで返事する。

「……何が言いたいかはわかるよ。あんたとさんざんヤッて仕込まれてきたオマエが言うな、ってことでしょ?」
 紅美子は再び窓枠に肘をつき、ずいぶんと広くなった車線の向こうの、どこの何という名とも知らない小山の影がゆっくりと動いていくのを見つめ、「……そんなの知らない。徹、栃木に行く前の日に、浮気したら殺していいって言ったもん」

 井上は篭った煙を逃がすためか、運転席と助手席両方の窓を少しだけ開けた。風音に混ざり、唸るようなエンジン音が車内に流れ込んでくる。
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