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爛れる月面
第5章 つきやあらぬ
 いいのかなぁ、という目を向けたが、老人はにこやかに見守っている。おおらかな牧師に感謝をしていると、

「んと……、はい、じゃ、徹さん」

 紗友美が、さして畏まりもせずに儀式を進めた。

「あなたは紅美子さんを、妻としようとしています。……そうですよね?」

 念を押され、さっきは聖書を訳してくれたのに、誓約の段となってまた緊張がぶり返したか、徹は、はい、と口パクだけで答えた。

「あなたは、夫としての役目を果たし、常にこのクミちゃんを愛し……」
「……クミちゃん?」
 紅美子が呼称を指摘しても紗友美は意に介さず、「……敬い、慰め、助け、終生変わることなく、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、命が続く限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 誓います、と言った徹の声は嗄れていた。

「声が小さいっ!」
「誓いますっ」

 ドッと笑いが起こる。

「……さて、クミちゃん」
「クミちゃんはやめない?」
「クミちゃんは徹さんを、夫としようとしています。クミちゃんは、妻としての役目を果たし、常にこの徹さんを愛し……」

 そこで、紅美子は息を大きく吸って、

「誓います!」

 と徹以上に大きな声で叫んだ。

「クミ、まだよ、はやいはやい……」

 紅美子の母が額を抑えたが、囃し立てる口笛と拍手が巻き起こる。

「……待ってられませんか」
「待てないっ」

 やたらはしゃいで紅美子が言うと、紗友美もつられて笑い、

「じゃー、とっとと誓いのキッスでもしろや」

 と、左右の腕を外から内へとクロスさせる。

 紅美子は徹の方を向いて、膝を少し折った。機械仕掛けのように九十度体の向きを変えた徹が、震える手でヴェールを上げる。明らかになった燦爛とした美しさに、徹だけでなく、周囲も冷やかしや祝采を忘れた溜息が漏れた。
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