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爛れる月面
第2章 湿りの海

階段への角を折れると、突然、行く手を塞がれた。電話回線に隔たれた向こうにいるはずだった顔を認めても、愕然とするあまり声が出なかった。男は昨日と変わらぬ薄笑みを浮かべ、携帯を持っていた手首を力強く引き、廊下を逆戻りさせてくる。連れ込まれた先は女子トイレ、仕事中に履き替えているサンダルは、タイルを踏んでも音がしなかった。
そのまま、個室まで導かれて、壁へと押し付けられる。
「君の方から連絡してくれて嬉しいね」
紅美子を見据えたまま片手で鍵を閉めた井上が、シプレの香りを放ちつつ、無作法な距離にまで顔を近づけてきた。もはや眼には、姦虐の炎が灯っている。
紅美子は唾液を飲み込み、
「何なの、あんた……。頭おかしいんじゃない?」
と睨み返したが、場所のせいで、必要なく声量を落としてしまっていた。
「冷たいね。わざわざ会いに来てやったのに。会いたかったんだろ?」
「誰がっ……」
「番号を調べてくれたじゃないか。ま、教えるのは早田しかいないだろうけど」
紅美子は依然としてタイル壁に片手首と肩を押し付けられたまま、井上を睨み返していた。
連絡を取ろうとしたのは事実だが、むろん、会いたいわけではなかった。むしろ、会わずに済ませられるのなら、そうしたかった。
「……今度こそ、大声出されたら、あんた終わりだよ?」
「確かに、今日は許可をもらって入ってないね。まったく、セキュリティがザルな会社だな。コンフィデンシャルなものはとても任せられない」
「そんなこと心配してる場合じゃないでしょ。この手、離してくれなきゃ人呼ぶけど?」
「呼んだらいいんじゃないか。捕まったら、何故ここに来たか洗いざらい話すから」
「……なんで来たってのよ?」
そのまま、個室まで導かれて、壁へと押し付けられる。
「君の方から連絡してくれて嬉しいね」
紅美子を見据えたまま片手で鍵を閉めた井上が、シプレの香りを放ちつつ、無作法な距離にまで顔を近づけてきた。もはや眼には、姦虐の炎が灯っている。
紅美子は唾液を飲み込み、
「何なの、あんた……。頭おかしいんじゃない?」
と睨み返したが、場所のせいで、必要なく声量を落としてしまっていた。
「冷たいね。わざわざ会いに来てやったのに。会いたかったんだろ?」
「誰がっ……」
「番号を調べてくれたじゃないか。ま、教えるのは早田しかいないだろうけど」
紅美子は依然としてタイル壁に片手首と肩を押し付けられたまま、井上を睨み返していた。
連絡を取ろうとしたのは事実だが、むろん、会いたいわけではなかった。むしろ、会わずに済ませられるのなら、そうしたかった。
「……今度こそ、大声出されたら、あんた終わりだよ?」
「確かに、今日は許可をもらって入ってないね。まったく、セキュリティがザルな会社だな。コンフィデンシャルなものはとても任せられない」
「そんなこと心配してる場合じゃないでしょ。この手、離してくれなきゃ人呼ぶけど?」
「呼んだらいいんじゃないか。捕まったら、何故ここに来たか洗いざらい話すから」
「……なんで来たってのよ?」

