この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
爛れる月面
第2章 湿りの海

そんなことを確認している場合ではない。すぐさま大声を出せば、井上を破滅させることができる。そうすれば、この男を──昨晩から苦しめられている懊悩の元凶を──葬り去ることができる。
しかし、できない理由があった。それに、いざ面と向かってみると、不敵に笑う井上はあまりに憎々しく、無駄だとわかっていても、会話から逃げたくはなかった。
「昨日ヤラせてくれた女に呼び出されたんだ」
「は? レイプの間違いでしょ」
「そう思うのか?」目を細め、一層鋭く、「……本当に?」
「っ……、レイプに決まってんだろっ」
「レイプってのは、もっと悲惨なものだ」
何を言っている? 充分に悲惨だった。
やはり、まともに相手にしてはいけなかった。井上の言葉が、昨晩から血を流しっぱなしの傷口を抉る。
「っざけんなっ……」
「訴えりゃいいさ。ここで大声出そうが、強姦罪で訴えようが、自由にしたらいい」
「もう、昨日のうちに警察に言ってある」
「それはないね」
不敵に髭が歪み、「もし言ってたら、今ごろ変わり者の彼氏が僕を殺しに来てる」
たちまち浮かんでくる恋人の顔を打ち払い、
「んなこと、彼氏に言うわけない」
「その彼氏に対してはともかくだ、君が言わなくても僕が警察に言うさ。犯されたって言ってる女は、自分から飲みについてきて、無理矢理飲まされたわけでもないのに勝手に酔っぱらって、勢いで僕とヤッただけだ、ってね」
「……」
「ついでに、君もちゃんと、イッたって伝えてやるよ。変わり者だけど頭のいい婚約者にバレずに、全部を終わらせられればいいけどな」
そこまで言われては、紅美子は空いた手を振り上げずにはいられなかった。しかし、素軽く捕らえられ、肘を突き出すようにして腕を胸元に押し付けられる。いま一歩近寄られると、手首を離されても上躯の身動きが取れない。
しかし、できない理由があった。それに、いざ面と向かってみると、不敵に笑う井上はあまりに憎々しく、無駄だとわかっていても、会話から逃げたくはなかった。
「昨日ヤラせてくれた女に呼び出されたんだ」
「は? レイプの間違いでしょ」
「そう思うのか?」目を細め、一層鋭く、「……本当に?」
「っ……、レイプに決まってんだろっ」
「レイプってのは、もっと悲惨なものだ」
何を言っている? 充分に悲惨だった。
やはり、まともに相手にしてはいけなかった。井上の言葉が、昨晩から血を流しっぱなしの傷口を抉る。
「っざけんなっ……」
「訴えりゃいいさ。ここで大声出そうが、強姦罪で訴えようが、自由にしたらいい」
「もう、昨日のうちに警察に言ってある」
「それはないね」
不敵に髭が歪み、「もし言ってたら、今ごろ変わり者の彼氏が僕を殺しに来てる」
たちまち浮かんでくる恋人の顔を打ち払い、
「んなこと、彼氏に言うわけない」
「その彼氏に対してはともかくだ、君が言わなくても僕が警察に言うさ。犯されたって言ってる女は、自分から飲みについてきて、無理矢理飲まされたわけでもないのに勝手に酔っぱらって、勢いで僕とヤッただけだ、ってね」
「……」
「ついでに、君もちゃんと、イッたって伝えてやるよ。変わり者だけど頭のいい婚約者にバレずに、全部を終わらせられればいいけどな」
そこまで言われては、紅美子は空いた手を振り上げずにはいられなかった。しかし、素軽く捕らえられ、肘を突き出すようにして腕を胸元に押し付けられる。いま一歩近寄られると、手首を離されても上躯の身動きが取れない。

