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近くて遠い
第26章 糸の綻び
────────…

こんなに、仕事に行くのが躊躇われる日は初めてだった。


部屋を変えたにも関わらず、光瑠は真希が心配でよく眠ることが出来なかった。


会社に行く前、真希が眠る自分の寝室を開けようとして思い止まった。


起こすかもしれない、という気持ちと一人にしたくない、という気持ちの葛藤。


だが、一人にしたくないという願いは叶えられない。

どうにもならぬ、自分の企業の社長という身分。


おまけにパリへの出張も控えている…


自由が利かないその身分を光瑠は心から恨んだ。



それに、目を覚ましてあの寂しげな瞳で見つめられたら、自分は確実に今日会社に行けない──


古畑に任せよう…


そう思って、光瑠は静かにドアノブから手を離した。


廊下を歩いていると、グラッと地面が揺れて光瑠はよろけた。



また地震か…?



そう思って辺りを見回すがどこも揺れた形跡がない。


寝不足か…ズンと痛む頭を光瑠は片手で抱えた。


ここまでの激務は光瑠も始めてだった。


日々の社長業に加え、新プロジェクト、マイスターの吸収、世界的デザイナーとの交渉のためのパリ出張…



大きな話が一気に纏まって襲ってきている。


さらに一番働いてくれていた関根は最早今まで通りのような仕事が出来るわけではない。



若いとはいえ、さすがに光瑠も体力の限界が見えてきていた。




角を曲がろうとしたところで、床に何かが這ったのが見えたのと同時に、ガシャッ──と音をたてて光瑠はそれを踏んでしまった。



なんだ?



「あ~~~~!!」



不思議に思って足を挙げようとすると、脇から頭にひどく響く高い声が飛んできて、光瑠は頭を抱えた。



「僕のミニカー!!!!!!」



ズキズキと頭を痛めながら、光瑠はその声の主を見た。



「うるさい…大きな声を出すなっ…」



低く静かな声で光瑠は隼人に言った。



「だって!僕のミニカー!!」


「あ?」

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