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近くて遠い
第26章 糸の綻び
────────…


「関根さん、会議終わりましたよ。」


「分かった。」


酒田の言葉を聞いて、要は椅子から立ち上がり深呼吸した。


昨日から、ずっと真希を抱き締めた時の感覚が抜け切らないでいた。


身体は思っているより小さくて、あの日目に涙を溜めた少女を咄嗟に抱き締めたときと同じ感覚だった…



何故、昨日自分はあんなことを──


考えなくとも要は分かっていた。


錯覚を起こしてる。
社長の婚約者に自分の想い人を投影している。


分かっていたからこそ、自分を抑制しようとしたが、昨日はそれが出来なかった。


彼女は昨日、しばらく静かに泣いた後、『もう大丈夫ですから、すみませんでした。』と頑なに言い張って、それ以上しゃべろうとしなかった。


ノックをして、中から返事を聞くと、要はゆっくりと扉を開けた。


ふわりとコーヒーの薫りが漏れる。



「どうかしたか。」


寝不足気味のその力ない声を聞いて、要はゴクリと唾を飲んだ。



「昨日のことなのですが…」




何となく、伝えとかなくてはいけないと思って、自分が真希の傍にしばらくいたことを要は光瑠に伝える。


けれど、やはり後ろめたくて、抱き締めたことは言えなかった。


「……それは迷惑掛けたな。」


「いえ、全然迷惑などでは。それで……真希さんは?」


どうして泣いていたのか知りたかったが、彼女が頑なに口を閉ざしたのを思い浮かべると、聞いても無駄なようがして、取り敢えず彼女の様子だけでも聞こうとした。



「今は多分眠っている。」

「そうですか…」



多くは語ろうとしない社長の口振りに、何かがあると要は敏感に察知していた。



「関根、」



乾いた声が要を呼ぶ。
なんでしょうか、と返事をすれば、カチャッとコーヒーカップが動いた音がした。



「俺はパリ行きが控えている。」


「ええ。」


「……もしなんかあったら、あいつの…真希の傍にいてやってくれ。」



その言葉にトクンと心臓が鳴った。


信頼されている。
それがその言葉からひしひしと感じる。


「もちろんです」


複雑な気持ちのまま、要はそう答えた。

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