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第8章 『飼い主』

土曜日、智輝は奈緒に連絡をした待ち合わせ場所に立っていた。
（返信はなかったけどメールは読んでいるはずだ……）
智輝は祈るように奈緒の到着を待っていた。
しかし約束の時間からはもう一時間以上時間が経っている。

昨夜奈緒の部屋の隣人から聞かされた言葉はにわかには信じ難かった。
奈緒が他の男と寄り添うように出て行った。
見間違いだと思った。
いや、見間違いだと信じたかった。
いちいち話の真相を尋ねるために隣人の家のインターフォンを押すことは躊躇われた。
見間違いではないかと問い質したところで何が変わるわけでもない。
ましてや夜更けに見知らぬ男に詰問されても迷惑だろう。

そんな言い訳か理屈かわからないことを考えて自分の部屋に戻った。
明日、奈緒に聞けば分かる。
もしかしたら隣の部屋の女性は変わってて虚言癖があるんだなどと笑うかもしれない。
その奈緒の言葉を信じてやろう。
昨夜はまだそんなことを考えてられる余裕があった。

通り過ぎる人を一人一人注意深く確認することも疲れた智輝は時計を確認する。
待ち合わせの時間から間もなく二時間が経過しようとしていた。