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縛られたい
第14章 ささやかな誤解、そして別れ〜まりあ
「ああ…阿部さん…でしたか?
来てくださったんですね?」と、
絞り出すような声で元夫が言うけど、
そう言ったような気がするだけで、
殆ど声は聴こえないほどだった。


「最期にまりあちゃんと過ごせて、
幸せでした。
まりあちゃんをよろしく…」
と言いながら、
呼吸が浅くなっていくのが目に見えて判った。


モニターの数値も下がっていって、
アラート音が響く。


慌ただしく看護士と医師が入って来る。



「阿部様ですよね?
ご本人様から、もう延命は希望されないと言われています。
呼吸器を外しても宜しいですよね?
阿部様にご判断を託すのは出来ないからと、
既にご自身で署名されてます」と、
弱々しい文字で署名された書類を見せられる。


私は阿部さんの腕にしがみついて、見上げると、
「苦しいだけなら、
もう…」と静かに言うので、
「お願いします」と言った。


機械から放たれて、
少し人間らしい表情になったかと思えた。

耳元で、
名前を呼んでみると、
微かに頬が動くように見えたけど、
呼吸は止まってしまっていた。


「私、良い奥さんじゃなかったですね?
会話も少な過ぎました。
貴方も…酷かったけど、
もう気にしてないですよ?
ありがとうございました」と小さい声で言ってみた。
その声は多分、もう届いてはいなかったと思う。


医師が時間を告げた。


誰も見送る人が居ないのは本当に寂しくて、
私がそっと死に水を取った。

阿部さんも後に続いてくれて、
「まりあのことは、
俺がずっと護るから」と言っていた。


暫く外の廊下で座っていると、
ホスピスの方が連絡したらしく、
弁護士さんがやってきて、
私に会釈をすると、
事務手続きをしているようだった。


「どなたもお見送りする方、いらっしゃらないなら、
私がお見送りしましょうか?」と言うと、
少しホッとした顔で、
「お願い出来ますかな?」と言われた。


阿部さんも、
私がそう言うだろうと思っていたようだった。
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