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おはようのキスからおやすみのキスまで
第1章 朝
 太陽の熱が地面をじりじり照りつける7月。数センチ開かれた窓からは、熱気に混じり乾いた微風が部屋に入り込んでくる。時間の経過と共に室内温度も上昇し、まだ昼前だというのに既に28度を越えた。じっとしているだけで汗が滲み出るような蒸し暑さに、渚は辟易としながらベッドに寝転んだ。
 隣にはタオルケットにくるまれて眠る男の姿。この暑さで寝苦しいのか、たまに唸り声を漏らして寝返りを打っている。そんな姿を横目に捉えながら、渚は枕元に放置したままの携帯ゲーム機を手に取った。
 電源をつけ、無言でピコピコと動かし続ける。
 ハンディ扇風機の頼りない風力が、渚の柔らかい前髪を優しく揺らしていた。
「……んぁ…、あー……朝……?」
「あ、起きた」
 渚が僅かに声を弾ませる。彼の目覚めをずっと待っていたからだ。
 その声の主は気だるそうに身を起こし、眠気眼をこすりながら乱れた前髪を掻き上げた。ふわあ、と情けない欠伸をひとつ零す。
「……いま何時?」
 掠れた低音に応えるように、アナログの壁時計が電子音を響かせた。
「……10時か。おはよ」
「おはよう」
 ゲーム画面から視線を外して渚は男を見上げる。寝起きのせいでシャツは皺くちゃ、アッシュグレーに染まった髪も寝汗でうねってボサボサだ。
 それでも整った顔立ちは崩れることなく健在で、汗ばんだ額にベタつく前髪や紅潮した頬に妙な色気を匂わせる。本当に羨ましいばかりだと渚は思う。
 その男───伊吹は、眉間を指で押さえながら苦悶の表情を浮かべていた。
「あー……頭いてぇ」
「偏頭痛?」
「……ん」
「薬持ってくるから待ってて」
 渚の指がセレクトボタンを押す。ゲームの進行を一旦中断させてからベッドを降りた。向かう先はリビングの収納キャビネット。常備してある市販薬を取り出し、常温の水が入ったペットボトルと一緒に伊吹の元へ戻る。
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