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ノーサイドなんて知らない
第1章 ジェントルマン(クマ)との出会い
タクシーに乗り込んだ熊野さんが住所とマンション名を告げて、
私は心の底から驚いてしまって、
思わず「えっ?」という声を上げてしまった。

熊野さんも、
「えっ?」と言って私の方を見たけど、
私の目は多分泳いでしまっていたんだろう。


道路は空いてて、
本当に5分ほどでマンションに着いた。

「降りる時は、
荷物、運転手さんにお願いすると良いよ?」と私に言って、
車を降りる熊野さん。

その後を追うように、
PASMOで料金を払って私も車を降りたから、
熊野さんはもう一度、
「えっ?」と言った。


「私の家も、ここなんです」と小さい声で言うと、
驚いた顔をしながらも、
私の荷物を降ろしてくれた。


タクシーが走り去った後も、
暫く私たちは立ち尽くして茫然と見つめ合っていた。


「あ、俺、203だよ?
いざという時、飛び降りれる階じゃなくちゃ嫌でさ。
えっと、部屋が何階とか、特定されたくないよね?
俺、先に入るね?
あ、それだと、外に女の子を立たせちゃうよね?
だったら、俺、
そこのコンビニで時間潰してから入るから、
先に部屋に入って?
そしたら、エレベーターで降りる階とか、
見られないでしょ?」と言う。


「俺?」

「えっ?」

「さっきまで、僕って言ってたから…」と言うと、
照れ臭そうに顎髭を掻いて、
「ちょっと気取ってみた」と笑った。


「ありがとうございました」とお辞儀をしてから、
暗証番号を押してマンションの中に入って、
またもや、茫然としてしまった。


「緊急メンテナンス中。
復旧は明日の午前9時」という張り紙がエレベーターに貼ってあったから、
「やっぱり厄日だ」と、声に出してしまった。


階段を一段一段、なんとかスーツケースを引っ張り上げながら登る。
踊り場で息を整えて休むけど、
これ、自分の階まで行くのは、不可能に思えた。

荷物がなくても、階段で上がれる体力はない。


なんとか2階まで辿り着いて息を整えていたら、
熊野さんがトントンと階段を上がってきた。
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