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熱帯夜に溺れる
第6章 泳げない魚たち
 車内の空気がわずかに変化する。ハンドルを握る純は目の前のピンクとグリーンの建物を見つめていた。

「これからどうしたい?」

 目の前にそびえる建物が何かわかってるくせに、最後の選択を莉子に委ねる彼はずるい男だ。

 莉子は車の時計表示を見た。まだ15時半にもなっていない。
 帰宅するにも、夕食にも早い中途半端な時間を消費する最適な手段として現れてくれた派手な建造物を彼女は指差した。

「……入ろう?」

 莉子の同意を得て、車は建物の専用駐車場に吸い込まれた。
 外観と揃いのピンクとグリーンの看板には、宿泊や休憩の文字と料金が大きな字で綴られている。色使いもフォントもまったく品がない。

 夜はライトアップされて、それなりに幻想的な雰囲気になるであろう建物も昼間の光の下ではその奇抜な色使いがかえって安っぽく、くたびれた印象に映る。

 莉子が選んだ5階の部屋は、外観と同じピンクとグリーンの装飾で統一されていた。
 ベッドはパステルグリーンの小花柄、ソファーはパステルピンクでメルヘンな雰囲気だった。

 ドールハウスのおもちゃみたいなピンクのソファーに腰掛けた純は、脱いだコートのポケットから煙草を取り出した。一服する彼を見つめる莉子は、ふと考える。

 純が莉子の前でも煙草を吸うようになったのはいつの頃?
 初めて彼の家を訪問した夏の夜、あの時に初めて彼が煙草を吸う姿を見た。そう、あの熱帯夜の日からだ。

 煙草を吸う時の彼はいつもけだるそうで、哀しい瞳はどこか遠くを見つめていた。
 以前に「煙草は美味しい?」と聞いた莉子に彼は「不味い」と答えた。どうして不味いのに煙草を吸うのだろう?
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