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熱帯夜に溺れる
第6章 泳げない魚たち
 上京する莉子を引き留める言葉が純から出ることはついぞなく、「離したくない」とは言われても「行くな」とは一度も言わなかった。

 純の光になりたくてもがいた莉子は、ある時に悟った。今の莉子はまだ子供だから純の心に翳る日陰を受け止め切れていない。
 莉子は自分のことで精一杯で、純の孤独を共に背負って生きられるほど大人ではなかった。

 けれど莉子はあの熱帯夜を忘れない。
 愛のための別離を選んだ男と女は、永遠を閉じ込めた真夏の夜空に沈んで溺れて、さようなら……。

        *

 ──もし私が東京に来て欲しいって言ったら来てくれる?
 ──……いや。東京には行かないよ。

 真っ暗な闇の中、瞼が開いた。触れた目元は濡れていて、夢を見ながら莉子は泣いていたようだ。
 またかと苦笑いして枕元の携帯電話を引き寄せる。明るいライトが眩しい携帯の液晶画面には午前2時の時間が表示されていた。

 また、彼の夢を見た。
 これで何度目?
 何度、彼の夢を見て泣けば気が済むの? 別れたあの日は泣かなかったくせに。
 夢の中の彼も哀しい表情で優しく笑う人だった。

 東京には行かないよ──。夢の中で彼に言われた一言がズキズキと心に刺さる。
 夢で言われただけの言葉にこんなにショックを受けるとは思わなかった。

 夜明けまでまだ時間がある。眠らないといけないのに寝付けなくて、ベッドの中で身動ぎする莉子の耳に雨音が届いた。

 真夜中に降り注ぐ雨音を聞いて彼に片想いをしていた梅雨の頃を思い出す。思い出さないようにしていても次々と思い出しては心を掻き乱す厄介な記憶達。

 もうすぐ上京して初めての夏が来る。
 彼は今、どこで何をしている?
 彼の隣には今、誰がいる?

 彼の面影を東京の街で見かけると心臓がうるさく高鳴った。
 こんなところで会えるわけがないのに、彼によく似た人を見かけて、彼の香水の香りに似た香りを感じて、彼に似た声を聞いて泣きそうになった。
 でもどれだけ似ていてもそれは彼ではなかった。
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