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熱帯夜に溺れる
第6章 泳げない魚たち
 莉子は? と話を振られて、現在の莉子の事情を知る杏奈以外の全員が好奇心の眼差しでこっちを見た時は肝が冷えた。

 まさか浮気発覚で1ヶ月前に彼氏と別れたばかりとは……おめでたい場ではさすがに言いづらい。助け舟を出して話題をそらしてくれた杏奈のおかげで醜態を曝さずに事なきを得た。

 そういう杏奈は、披露宴会場のホテルまで旦那が迎えに来ていた。ついでに杏奈の旦那の車に乗せてもらい、一旦は莉子も杏奈夫妻の自宅に立ち寄った。

 杏奈の自宅で杏奈の旦那も交えてしばしの休息と談笑の時間を楽しみ、莉子は杏奈の自宅を辞した。
 杏奈からはこのまま夕食をうちで共にしようと誘われたが、「明日仕事だから早めに東京戻りたいんだ」と嘘をついて夕食は辞退した。明日は前々からのシフトで休み。今日の有給と合わせて2連休にしてある。

 杏奈の夫も好感を持てる人物だ。友人夫妻との食事が嫌なわけではない。
 しかし結婚式の祝福ムードに当てられた今は、これ以上の幸せオーラの吸収が独り身には堪える。杏奈の自宅で寛ぐひとときでさえ、杏奈と旦那のいちゃつきぶりを微笑ましいと思う一方で莉子の笑顔は引きつっていた。

 莉子の地元の駅は最寄りの新幹線駅である豊橋《とよはし》駅に向かう快速列車が通る。19時台の快速に乗れば20時台の豊橋発東京行きの新幹線には充分に間に合う。終電までには東京に着けるだろう。
 家に帰ったら一刻も早くベッドで眠りたい。

 史上最速の梅雨明けで幕を開けた2022年の夏。今日も全国的に真夏日だった。
 次の快速列車の発車時刻まで間がある莉子は、暇つぶしに駅前の大通りをふらふらと散策し始めた。

 引き出物の荷物が重たいとボヤいていた数分前の自分が呆れている。こんな真夏に、重い荷物を提げて向かった先はやはりあそこだ。

 またここに来てしまったと、かつてアルバイトをしていた青陽堂書店本店のビルを見上げた莉子の口から苦笑が漏れた。
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