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熱帯夜に溺れる
第3章 熱帯夜に溺れる
「昼飯どうしようかと思ったんだけど、食べてきた?」
「クロワッサンつまんだだけだから、お腹は空いてるよ。純さんは?」
「俺も朝にトーストかじっただけ。ランチにしてがっつり食べる? それともカフェとかで軽い物の方がいいかな?」

 現在の時刻は13時。今から本格的なランチは胃に重たい。

「カフェがいいな」
「わかった。カフェならこの中にある店でも良いんだけど、コーヒーが美味しい店を知ってるんだ。そこに行こう。地下に車駐めてあるから」

 駅ビル内を地下まで降り、専用通路を通って地下駐車場に入った。入り口に近い位置にある黒い車が竹倉純の車だった。

 昼食をどうするかも莉子の胃の具合に合わせて相談してくれる。些細なことでも彼は相手を気遣うタイプらしい。

 こんな男がモテないはずがない。片想い時代に友人の知咲に童貞ならどうするかと聞かれたが、純の童貞疑惑はきれいさっぱり消えていった。

 それもなんだか悔しい。純の心を奪った存在が確実にいると考えると、ふつふつと湧き上がる対抗心と嫉妬心の黒い感情。

 莉子が過去の女に対抗心を燃やしているなど思いもしない純は、地下駐車場から緩やかに車を発進させた。

「その服、可愛いね」
「ありがとう」

 先程まで過去の女への嫉妬に支配されていた黒い心は服を褒める一言で薔薇色に塗り替えられる。
 散々悩んだ今日の服は6月のあの雨の日に着ていたワンピース。涙の思い出しかないこの服を楽しい初デートの思い出に上書きしてあげたかったのだ。

「もしかして俺のために?」
「そうだよ。今度こそちゃんと見て欲しくて……」
「そっか……、ありがとう。俺のために着てきてくれて。今日はちゃんと見てる。見ないでと言われても莉子ちゃんのこと見てるからね」
「もうっ……」

 この一連のやりとりのすべてが気恥ずかしい。

「それにいつもと雰囲気違うよね」
「そうなの?」
「うん。仕事の時とはまた雰囲気変わるよ。何て言うか今の方がもっと女の子って雰囲気になる」
「仕事の時は地味にしてるから……」

 バイトの時はシャツとジーンズに書店のエプロンをつけ、髪も後ろで束ねるだけだ。プライベートと仕事で雰囲気が変わると言われても不思議ではない。
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