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熱帯夜に溺れる
第3章 熱帯夜に溺れる
 日曜の夜、静かな部屋にはクーラーの音とふたり分の息遣いしか聞こえない。ふいに、純が飲み干された缶ビールを持って立ち上がった。

「俺も風呂入ってくる。テレビ観たかったら自由に観ていていいよ」
「うん」

 バスタオルと着替えを持って隣の部屋に消えた純を笑顔で見送った。今度はキッチンと洋間の扉は閉めなかったが、だからこそシャワーの水音が鮮明に聞こえる。

 まだ湿り気のある髪を背中に流した莉子は、手鏡に映る自分を見つめる。初めてすっぴんを見せたのに純は何も言わない。それどころか、わざと莉子を見ないようにしていた。

 これ以上先に進めば何かが崩れてしまう予感はあった。
 この先に進めば何かが壊れてしまうかもしれないのに本当にいいの?
 何度も何度も自問自答して、何度も何度も辿り着いた答えはひとつ。

(純さん、ごめんなさい。私は〈女の子〉じゃない。〈女〉なの。あなたが思ってるほど純粋じゃないし、あなたが思ってるほどイイ子でもない。欲しいものは欲しい、あなたが欲しいの)

 腰まで覆うTシャツの内側に手を入れて履いていた真新しいショーツを下ろした。生理予定日が近日に迫っている。幸い、今日はまだ生理ではなく、生理になりそうな気配もない。

 脱ぎ捨てたショーツを洋間の床に置き去りにして隣室に足を踏み入れた。シャワーの水音が近くなり、鼓動は加速度を増して高鳴り続ける。

 キッチンと洗濯機、洗面台、その間を抜けて左側の扉の前で立ち止まった。すりガラスの扉の向こう側に彼の裸体のシルエットが見える。
 莉子は折れ戸タイプの扉をそっと引き開けた。

「莉子ちゃん……?」

 シャワーを浴びていた純は浴室に侵入した莉子を見て驚愕している。言葉を失った彼の裸の背に莉子も無言で抱き付いた。

「名前、呼び捨てで呼んで?」
「……莉子」

 純の声で遠慮がちに呟かれた名前の響きがくすぐったくて嬉しくて、湿った広い背中に頬擦りを繰り返す。
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