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熱帯夜に溺れる
第4章 酔芙蓉の吐息
 莉子は9月7日に20歳の誕生日を迎えた。今回の旅行も名目は莉子の誕生日祝いだ。

 当初、莉子は自分の分の旅費を負担するつもりでいた。しかし、誕生日のお祝いも兼ねているのだからと旅費の大部分は純が支払ってくれている。

 普段のデートでも純は莉子に財布を出させない。払おうとすればスマートな仕草で先に支払いを済まされてしまい、莉子が財布を出す余地すら与えない。
 莉子が年下の学生だからか、それとも女には一切支払いをさせたくないのか、純の真意は定かではないが、莉子もしがないアルバイトの身の上ゆえ、金銭面では彼に甘えっぱなしだった。

 夕食で用意された懐石料理の傍らには酒瓶が置かれ、莉子と純は酒を酌み交わした。
 始めて飲む日本酒の味は、純との初デートで飲んだ喫茶店のアイスコーヒーと同じで美味しさも楽しみ方も、彼女には残念ながらわからなかった。

 もう少し大人の女になれば酒の味も楽しめるようになるかと純に聞けば、「いい歳した大人だって味をわかって呑んでいる人間は少ないよ」と笑って返された。

 俗に言う〈通《ツウ》〉を気取っている人間が大半ということらしい。誰もが知ったかぶりをして、精一杯〈大人〉を演じているオトナがほとんどなんだ、彼はそう締めくくった。

 オトナもそこまで大人ではない。大人のフリをしているだけ……そんなものだろうか。
 大人の入口に立つ莉子には、純は充分に立派な大人に見える。酒を飲む所作や煙草を吸う横顔も、そうして〈オトナ〉を語る時の冷めた口振りも、酸いも甘いも経験した大人の男の姿だった。
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