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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第5章 従者と執事見習い〜従者の恋〜
「…狭霧。
お寝みのキスをしに来たよ」
整った高貴な貌に甘やかな笑顔を浮かべながら入ってきたのは、北白川伯爵だった。
「旦那様…!」
狭霧は慌ててベッドから起き上がる。
「梨央にはちゃんと『鏡の国のアリス』の読み聞かせと寝かしつけをしてきたから大丈夫だよ」
「そ、そんな問題じゃ!
旦那様が階下にいらしてはいけません。
誰かに見つかったら、何と思われるか!」
主人が使用人に用事がある時は、ベルを鳴らして呼びつける。
階下に主人が現れるのは、異例なことだ。
…ましてや、夜中に主人が使用人の部屋を訪れたことが知られたら…。
「その時はその時だ。
私は特段に君のことを隠すつもりはない」
肩を竦め、さもないことのように言いながら、伯爵はベッドに腰を下ろす。
「…たった一晩なのに、君が居ない夜はとても寂しいよ。
…狭霧…」
…まるで親愛なる恋人のように、狭霧を見つめ甘い言葉を囁く。
「…旦那様…」
抗議しようとする口唇を、そのまま優しく奪われる。
熱い舌を絡められ、髪を弄られ…昨夜の愛の営みが鮮やかに蘇る。
…身体が蕩けそうな甘やかな快楽を…。
狭霧はその誘惑に必死で抗い、男を上目遣いで睨みつける。
「お寝みのキスだけでしょう?」
伯爵は愉快そうに笑った。
「そうだったね。
…君の余りに妖艶な寝姿に、つい誘惑されてしまったよ」
「…調子の良いひとだな…」
狭霧は苦笑する。
尚も抱きしめようとする男の腕を抑える。
「…ねえ、聞いてもいいかな?」
「何だね?」
髪を撫でられながら、狭霧は一つの疑問を口にする。
「…橘さんに言われたんだけれど…」
「橘に?」
「…主人と使用人の恋は、決して幸せにはなれない…て。
…どういう意味なの?
橘さんは何かを知っているの?」
…狭霧の髪を撫でる伯爵の手が、止まった。
男の端正な貌が、胸を突かれるほどに哀しげな色を纏う。
「…そうだな…。
彼は知っているよ…」
「…何を…?」
伯爵は狭霧の白い頬をそっと撫でると、しなやかに立ち上がった。
「…薄情な男に壊された、儚い恋の物語を…」
…謎めいた言葉を残し、伯爵は狭霧の部屋を静かに去ったのだ。
お寝みのキスをしに来たよ」
整った高貴な貌に甘やかな笑顔を浮かべながら入ってきたのは、北白川伯爵だった。
「旦那様…!」
狭霧は慌ててベッドから起き上がる。
「梨央にはちゃんと『鏡の国のアリス』の読み聞かせと寝かしつけをしてきたから大丈夫だよ」
「そ、そんな問題じゃ!
旦那様が階下にいらしてはいけません。
誰かに見つかったら、何と思われるか!」
主人が使用人に用事がある時は、ベルを鳴らして呼びつける。
階下に主人が現れるのは、異例なことだ。
…ましてや、夜中に主人が使用人の部屋を訪れたことが知られたら…。
「その時はその時だ。
私は特段に君のことを隠すつもりはない」
肩を竦め、さもないことのように言いながら、伯爵はベッドに腰を下ろす。
「…たった一晩なのに、君が居ない夜はとても寂しいよ。
…狭霧…」
…まるで親愛なる恋人のように、狭霧を見つめ甘い言葉を囁く。
「…旦那様…」
抗議しようとする口唇を、そのまま優しく奪われる。
熱い舌を絡められ、髪を弄られ…昨夜の愛の営みが鮮やかに蘇る。
…身体が蕩けそうな甘やかな快楽を…。
狭霧はその誘惑に必死で抗い、男を上目遣いで睨みつける。
「お寝みのキスだけでしょう?」
伯爵は愉快そうに笑った。
「そうだったね。
…君の余りに妖艶な寝姿に、つい誘惑されてしまったよ」
「…調子の良いひとだな…」
狭霧は苦笑する。
尚も抱きしめようとする男の腕を抑える。
「…ねえ、聞いてもいいかな?」
「何だね?」
髪を撫でられながら、狭霧は一つの疑問を口にする。
「…橘さんに言われたんだけれど…」
「橘に?」
「…主人と使用人の恋は、決して幸せにはなれない…て。
…どういう意味なの?
橘さんは何かを知っているの?」
…狭霧の髪を撫でる伯爵の手が、止まった。
男の端正な貌が、胸を突かれるほどに哀しげな色を纏う。
「…そうだな…。
彼は知っているよ…」
「…何を…?」
伯爵は狭霧の白い頬をそっと撫でると、しなやかに立ち上がった。
「…薄情な男に壊された、儚い恋の物語を…」
…謎めいた言葉を残し、伯爵は狭霧の部屋を静かに去ったのだ。