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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第1章 出会い
2月のパリの石畳みは氷の岩盤のように冷たい。
冷ややかな冷気がナイフで刺すように全身に染み渡る。
狭霧は地面に横たわりながら、口唇を歪めて笑った。

…けれど、俺みたいな最低の人間には、こんなところがお似合いなんだ…。
ずきずきと突き刺すような痛みは、寒さばかりではない。
…先程、ピガール広場からほど近い安いバールにいた男たちに受けた暴行のせいだ。

…あのクズ野郎たちめ…。
赤ら顔のスケベ面した男たちを思い出し、舌打ちをする。

最初から俺を男娼扱いしやがって…。

しつこくベタベタ身体を触り、下卑た口調でホテルに誘って来た男に
『触るな、クソ野郎』
と、ぬるいビールを浴びせかけてやったのだ。

…すると途端に、男たちは豹変し、店の外に引きずり出され、まさに殴る蹴るの暴行を受けた。

無抵抗で殴られ、道に横たわり動かない狭霧に、ようやく満足したのか、男たちは
『イキがるんじゃねえよ、この男娼風情が!』
『あの店で客引きしてたくせによ!
ちょっとツラが良いからってお高くとまりやがって』
悪口雑言を投げかけて、引き上げて行ったのだ。

…男娼…か。
狭霧は笑い出す。
…そんなふうに身を持ち崩してぼろ雑巾のようにぼろぼろになり、死んでゆくのが、自分にはお似合いなのかもしれないな…。

だから、殴られても抵抗しなかったのだ。
…もう、どうでもいい。

…和彦のいないこの世界に、未練はない。

亡くなった恋人の優しい面影が、脳裏に浮かんだ刹那、殴られた時よりも激しく胸が痛んだ。

…もう、和彦のところに行ってもいいのかも知れない…。

仰向けに寝転ぶ狭霧の白い貌に、冷たくふわりとしたものがはらはらと舞い落ちる。

…雪…か…。

狭霧は微笑んだ。

…雪に埋もれて死ぬのも、悪くないな…。

身体が痺れるように体温を奪われてゆく。
アルコールのせいか、睡魔がひたひたと忍び寄る。
瞼が重くなる。
…このまま…死ねたら…

…すごく…ロマンチック…

狭霧はゆっくりと瞼を閉じた。





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