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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第3章 新たなる道の前で
狭霧は改めて、目の前の男…北白川伯爵を見つめる。

…北白川貴顕…。
今上陛下と血縁関係にあるという名門の大貴族の当主。
今はフランス大使館付きの公使。
西洋人にも引けを取らないような堂々とした長躯で均整の取れた体格。
日本人離れした彫りの深い端麗な容姿の持ち主。

…性格は…親切で温和で優しい。陽気で世話好き。ユーモア好き。

…それから…

自惚れるわけではないけれど、自分の美貌が気に入っているみたいだから…美意識が高いのだろう。

…それだけ分かれば、彼の元で働くには充分だと思う。
というか、完全なる素人の自分をそんな重要な役割の仕事を与えるなんて、どう考えても伯爵は損をするのではないか?といささか不安になるほどだ。

北白川伯爵は晴れやかな太陽のようににっこりと温かく笑った。
「では決定だ。
善は急げだ。
今日からここに移りなさい。
マレーには話しておく。
給金のこともマレーに聞きなさい。
マレー執事が階下のことのすべてを取り仕切っているからね。
…うちはこれでもかなり高給かつ優遇と評判だから、不満はないかと思うが、何かあればマレーに交渉したまえ」

「別に…。
普通に貰えたらそれで充分だ。
…俺は従者のいろはも解らないズブの素人だし」

「『私』だ。狭霧くん。
マレーは言葉遣いや礼儀作法には人一倍厳しいから気をつけたまえ」
…それから…
と、改めて、千雪からの手紙を指し示し、穏やかに告げた。

「…弟くんに今すぐ返事を出すこと…。
私の従者になることが決まったと知らせること…。
それが採用の条件だ」

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