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春雷に君
第1章 どうかしている
ラブホテルの正面入口から堂々と出ていくカップルをロビーでやり過ごし、セフレのAくんと共に駐車場入口へ向かった。
数時間前までは晴れていたのに、雨が降り始めたのか屋外は肌寒かった。
いつものようにAくんが先に駐車場を出ていき、手を振って見送っていると、どこかで雷が鳴った。
よく見ると雨に混じって氷の粒――ひょうが降っている。
「……藤崎?」
どこかで傘を買うべきだろうか。と考えながら駐車場を出たところで見知らぬ男から声をかけられた。
声をかけられただけならスルーできたが、苗字を呼ばれたことに驚いた私は思わず足を止めてしまった。
通行人がいないだろうタイミングを見計らって駐車場を出たつもりだし、伊達メガネにマスクまでしてほぼ完璧に顔を隠しているのになぜ私だとわかったのか。
男もマスクをしていて顔が半分以上隠れている。
これでは誰なのかわからないし、ヘタに反応して私だとバレたくもない。
当たり障りない対応をしてこの場を離れよう。と考えてよそ行きの声を出す。
「人違いだと思いますよ」
軽く会釈して歩き出したとき、
「やっぱり。その声、藤崎だ」
確信したような声を出した男が私の服を掴んだ。
は? という視線を向けると、男は「ああ……」と言ってマスクを外す。
形のいい鼻と唇があらわになり、その上にあるきれいなふたえの瞳と相まってバランスのいい顔立ちをした男が首をかしげた。
「俺だよ、市崎。市崎 総悟。……覚えてない?」
――いちざき、そうご……。
人の顔と名前を覚えるのがむかしから苦手な私。
だけど目の前の男の顔と名前はぼんやりと覚えていた。
「覚えてる……ような……?」
曖昧な返事をすると市崎くんは、ええ!? と悲しげな表情をしたが、何かを数秒考えてすぐに愛想のいい表情をした。
「しっかり思い出してほしいからさ、その、これから飲み行かない?」
「え。いや、いい」
唐突に飲みに誘われて首を横に振る。
別に思い出さなくてもいいし、今は早く家に帰りたい。
「ええ……即答すぎない?」
「今日は……疲れてるから」
私の言葉に市崎くんはラブホテルをちらりと見て、ああ……ね。と納得したようにうなずいた。