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春雷に君
第1章 どうかしている
数十分前までAくんに抱かれていた私。
状況的にそれを悟っただろう市崎くんを目の前にして、今すぐこの場からダッシュで逃げたいが、走る体力なんて残っていない。
「……そういうことだから、じゃあね」
それならと軽く手を振り、市崎くんに背を向けてそそくさと歩き出すと
「ちょっと待って!」
肩を掴まれて歩みを阻止される。
――え、なに?
帰るのを邪魔されて少しイラついてしまう。
疲れてるせいでわかりやすく顔に出してしまったようで、市崎くんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん、引きとめて。俺……藤崎と会えて嬉しくてさ。もう少し、30分とかでも話したいんだけど……」
会えて嬉しい、と言われるのは照れるけど嬉しい。
30分くらいなら話してもいいかも、と思ったがこのあたりはラブホテルばかりでカフェなどない。
「このへん……カフェなんてないけど、どこで話すの?」
「えっ! そっか、ないのか……」
「そこ、入る?」
冗談のつもりでAくんと滞在していたラブホテルを指さすと、市崎くんはパッと表情を明るくした。
「その手があった! カフェ代わりに入ろう!」
「えっ、入るの!?」
「えっ、入らないの!?」
互いに驚いた表情で見つめ合う。
近くからクスクスと笑う声や、ラブホの前でなにしてんだろー。というヒソヒソ声が聞こえてきた。
あたりを見回すと、通行人からかなり注目されている。
――うわあ……。
ラブホテルの入口前で大声は出してないにしても何か言い合っていれば、カップルが痴話喧嘩をしているように見えるのかもしれない。
「……~~っ、行こ!」
いたたまれなくなった私は市崎くんの腕をグイグイと引っぱり、きらびやかなライトで装飾された正面入口をくぐる。
――あーあ、入っちゃった。
駐車場入口からしか入ったことのない私が、こんなに堂々と正面からラブホテルに入る日がくるなんて……と苦笑していると、
「いろんな部屋があるなぁ」
目を輝かせて部屋の写真パネルを見つめる市崎くん。
「どの部屋にする?」
「……任せます」
「オッケー」
受付で鍵を受け取り、部屋へ向かった。