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鬼の哭く沼
第8章 溺れる魚
(あ、れ…?)
ふわりと納得しかけた頭のどこかで何かが棘のようにチクリと刺さった。だが、それは正体を掴む前にするりと香夜の意識を掠め薄れていく。
「消えちまうより、ずっと良いだろう?楼主様が手心を加えなさったんだろうねえ。お優しい方だから」
「須王が…」
脳裏に浮かぶ、赤い髪の鬼を思って香夜の口元が綻んだ。
良かった、と思わず漏らした声を拾って、夕鶴は口元に笑みを浮かべて懐かしそうにぽつりと言った。
「アンタ見てると妹を思い出すよ」
「妹さん?夕鶴さん、妹がいるの?」
「ああ。年の離れた妹でね…真っ直ぐで明るい、本当に可愛い子だった」
だった、…?
「それは…」
その言い方は、まるで。
はっと言葉を飲み込み戸惑う香夜の唇の隙間に、ぐいっと茶菓子が押し込まれる。豆大福だ。大福を強引に口へと押し付けたままの視線が「それ以上は問うな」と告げているようで。むぐ、と情けない声を上げて目を白黒させる香夜に夕鶴はにっこりと笑った。嫌な予感がする。
「アタシの話はどうでも良いんだよ。訊きたいのはアンタの話さ。さあさ、しっかり話して貰うよ」
「……え……」
まぐまぐと豆大福を咀嚼し、何とか飲み込んで気付くと香夜の周りにはずらりと遊女たちの姿。皆一様ににやにやと目を輝かせている。
「え…え、ええ?!」
「わざわざこうして楼主様の腕の中から救い出してやったんだ、その見返りは頂かないと。だろう?」
「え、なんか…さっきと言ってること違…」
心配して、顔を見せに来いと言ってくれたんじゃ。
さあっと顔を青褪めさせた香夜に、悪人顔の夕鶴がにたりと笑んだ。
楼主様との事。子細一切、話して貰おうじゃあないか。
一拍後、香夜の悲鳴が午後の和やかな遊郭棟に響き渡った。