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鬼の哭く沼
第3章 九泉楼
混乱する頭で、不安定な身体を支えようと須王の首に両手でしがみつく。意図せず頭を抱く形になり、香夜の指が須王の赤い髪に埋まった。硬質に見えた髪は意外にもしなやかで、炊きしめられた香が微かに鼻を擽る。
「あ、や……っ」
「女の嫌、は信用ならん…お前もどうせ口だけだ。すぐに下の口を卑しく濡らして男を欲する」
「ちが、っ…ぁ…んんっ」
耳の中を這い回る舌が引き抜かれる。濡れて敏感になったそこへ熱く湿った吐息がかかり、思わず指に絡んだ髪を引いてしまった。
「…す、おう…っ」
「………!」
掠れた声で、名前を呼ぶ。弾かれた様に顔を上げた須王が、香夜の目を見つめた。その眼差しがゆらりと揺れる。
(どうして)
どうしてそんな、悲しそうな顔をするの。
相も変わらず須王の目は猛獣のそれに似て、鋭い。けれど今香夜を映すその瞳はどこか悲しく、切ない色を滲ませている。
まるで大事なものを取り上げられ、途方に暮れる子供のような顔だ。そんな表情に胸の奥がぎゅう、と詰まった。堪らず、香夜はしがみついていた手を解き須王の頬に掌を押し当てる。
四本の爪痕の残る右頬。それは昨夜、自分が引っ掻いてつけた傷で。強引に身体を奪われそうになったのだから「引っ掻いてごめんなさい」とこちらから謝るのはおかしい気がして、香夜は代わりにそっと頬を撫でた。
「…お前は……」
「え……?」
くっと眉を寄せ、須王が何事か呟いたが語尾が小さく聞き取れない。首を傾げた香夜の身体が、ぐるりと須王の腕の中で反転する。逞しい両腕が腰を引き、気付けば広い腕の中で背後から強く抱きすくめられていた。
「あっ……!」
厚い胸板に押し付けられるようにして身体を拘束され、身動きがとれないでいる香夜の腰帯が器用に解かれしゅるりと床に滑り落ちる。薄い布地の襦袢はたったそれだけではらりと前開き、白い肌と柔らかそうな乳房が晒された。息を飲み、羞恥で首筋まで赤く染める香夜にふっと須王が笑う。
昨夜の様な嘲笑とは、温度の違う艶めいた声。
「美しいな…紅を刷いたように色が変わる。肌が色づくと、お前の甘い香も一層強く香るようだ…」
鮮やかに朱を帯び、芳しい香を放つ首筋へと鼻を埋め思う存分その甘い肌を味わう。腰を撫でながら唇を項に押し当て、ちゅっと吸い上げれば香夜の身体がぶるりと震えた。