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鬼の哭く沼
第5章 忍び寄る影
双子の手には何故か山盛りの菓子の袋。そして空の湯呑が四つ。
暫し意味がわからず、茫然としたまま視線を上げれば自分が立っているのは遊郭棟と離れを繋ぐ境の廊下だ。
(ああ、そうだ。私が頼んだんだ…湯呑を人数分持って来て、って)
「どうして、ねね様ここに?」
「えっと……」
靄がかかったような思考を探る。ゆるゆると頭が動き出し、回転していく感じ。
九繰の視線から逃げ出す様に部屋を出て、双子を探して、境廊下をうろうろとして、須王の事で悩み込んで。思い出そうとすればする程、するりと何かが抜け落ちていくような感覚。
(それから、どうしたんだっけ)
「えっと、ごめんね雪花、風花。どこも痛くないから大丈夫。ちょっとぼうっとしてただけ。ほら、お腹減っちゃって」
だから待ちきれなくて、二人を迎えに来たの。もやもやする頭を軽く振って、笑顔でそう言うとようやく双子は安心したように破顔し戦利品である腕の中のお菓子を差し出してくる。
「夕鶴に、もらったの!」
「いっぱい、お菓子…甘いのも、からいのも!」
「夕鶴さんに?そっか、良かったね。うん、じゃあお部屋に戻って皆でお菓子食べよっか。…あ、それよりも先にお昼ごはんかな」
小さな頭をそれぞれ撫でて、二人の間に挟まって部屋のある方向へと身体を向ける。そんな香夜の手元を覗いた風花がふと、小首を傾げて言った。
「あれー、ねね様。ねね様も、お菓子もらったの?」
「……え?」
言われて、右手にしっかりと包まれた小さな巾着に気付く。いつの間にこんなものを。
足を止めて中を開ければ、入っていたのは黒糖の金平糖。こんなもの、部屋を出る時に持っていただろうか。まったく憶えが無い。
「ねね様、おなかすいてたんだね!」
「お菓子よりごはんだね!!」
きゃらきゃらと賑やかに歩き出す双子の背を眺め、香夜はううん、と小さく唸る。まるで物凄く腹を空かせて食べ物欲しさに徘徊していた、可哀想な子扱いだ。
(まあ、いっか)
よし、ご飯!と意気込むと今度こそ三人揃って歩き出す。その香夜の口の中で、溶け切れなかった金平糖の欠片がカリ、と音を立てて、消えた。