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小綺麗な部屋
第2章 招待
おれをつまらない現実に生まれさせた両親は、とっても仲が悪かった。
どうして一緒に住めてるんだろうっていつも思ってた。
イツキと云う名前に漢字を当てなかったのは、父親の怠慢だって。
でも、おれはおれの名前が好き。
漢字でも仮名でもない。
誰でもない。
そんな感覚が好きだから。
そうっと着替えて、玄関に忍び足で向かう。
本当は、今日が特別じゃなかった。
ただ、あの声のぶつかりを聞きたくなくて遠くに行こうって急に思い立ったのだ。
玄関の白い壁、たくさん飾ってある写真から視線が集中する。
赤ちゃんの頃からのおれ。
入学式、ピクニック、海。
楽しそうな親子三人。
額縁の中はどんな時でも平和だった。
だから、外から見ただけじゃ穏やかなのかもしれない。
台風の目の中にいるはずなのに、全然楽しくない。
「いい加減にして!」
「お前こそ、わかってくれよ!」
うるさいうるさい。
かちゃん、と開いた光の世界に滑り出る。
こんなに晴れていて、広くて明るい場所があるのに、陰気な部屋の中で怒鳴りあうのをどうして辞めないんだろう。
それなのにどうしてずっと一緒に住んでるんだろう。
おれにはわからないことばかり。
大森駅は映画を見に来たのが初めてだった。
ごちゃごちゃしたビルと、八方向どこに行くのってたくさんの人の流れがちょっと面白かったのを覚えてる。
暇な人、忙しい人が分かりやすい。
歩く速度と顔の向き。
前を見て、スマホを見て、腕時計を睨んで。
定期カードを取り出す人はもう忙しくて仕方ない人。
改札に吸い込まれてく背中には休みたさしかない。
ああ、いろんな大人がせかせかしてる。
それを眺めて歩いているのは楽しかった。
最初の二十分くらいだけ。
何の気なしにバックを振り回したのは通学路の習慣だったから、こんなに人がいるとぶつかるっていうのをわかってなかったんだ。
「っあ」
鈍い音がして、大人の一人がおれを見た。
ばちんと視線が重なって、そこに怒りがないことに安心してしまった。
優しいおじさんだって。
すぐに頭の中で声がした。
「お兄さん、ついていってもいいですか」
だから、口をついて出た言葉に自分もついていけなかった。
驚いた顔がパッと街中に際立つ。
「私を知ってるのか」
ううん。
だから、お願いするの。