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小綺麗な部屋
第1章 雪崩
仮眠は三十分以内がいいらしい。
どこぞの本を立ち読みした時に書いてあったが、そんなことは自己満足欲求を満たしたい連中の慣習にしとけばいい。
昼下がりに目を開き、床に溢れる陽光を足で払って立ち上がる。
遠くで電車の音が聞こえるが、電気製品の一切ない静けさが心地よい。
肉親でさえ入れない。
城というには心寂しいが、隠し部屋といえば聞こえがいい。
とりあえず夕刻の出勤まで羽を伸ばそうとスマホ片手に洗面所へ。
冷水で顔を清め、買い置きした朝食を摘んでからベッドに寝転がる。
映画でも行くか。
上映スケジュールを確認することもせず、喫茶店で時間を潰せばいいと玄関を出る。
快晴、妙な臭いは漂ってない。
それだけで、十分。
大森駅に降り立ち、キネマに向かう交差点で高校生の集団と遭遇してしまう。
なるほど今日は祝日か。
混雑している映画館ほど憂鬱なものはない。
観る気が削がれて駅に踵を返すが、歩き出そうとした瞬間に肩にずしりと衝撃が襲った。
重力に逆らって一瞬止まったそれは、ずるりと落ち傍の少年の腰元で揺れた。
白のスポーツバッグだ。
やばいと目に見えて解りやすい顔をした少年があとずさる。
大方無造作に振り回して歩いていたのだろう。
突然振り返った自分にも原因があるかもしれない。
無言で去ろうとした後腕を幼い手が捕らえる。
「あのっ、ゴメンナサイ」
舌で言葉が不恰好に踊る。
サラサラの黒髪は眉で切りそろえられ、耳が見えるよう刈り上げられ、凛とした眼がじっと見上げている。
十二、三歳ほどだろうか。
「大丈夫。重いものを入れてなかっただろう。痛くないよ」
優しい声色を繕って腕を引くが抵抗される。
信号が青に変わり、周りから人がいなくなると変に目立つ態勢に気づく。
「大丈夫だからって」
「お兄さん、ついていってもいいですか」
青信号が点滅する。
人の波が途絶えた。
「何、て」
少年の眉はまっすぐで、微塵にも目は笑っていなかった。
「お願いします。一週間だけ僕を連れて行ってください」