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小綺麗な部屋
第1章 雪崩

 手拭きを指でいじりながらイツキが微笑んだ。
「浦田さんは、いつもこうゆうとこで食べてるの?」
 二択の質問に肯定か否定で返すのは失礼というものだ。
「ああ」
「お金持ちなの?」
 しかし少年の好奇心に会話を委ねるのは罪じゃない。
「少なくとも、イツキくんよりは」
「働くの楽しい?」
「社会科見学か何かかかな?」
 問い詰めたいのはこちらだというのに。
「んーん。単純に。あのね、浦田さんキネカに向かってたでしょ? 映画観に。でもつまんなそうに引き返したのは他に暇潰せる人なんだなあって。おれなんてゲーセンか映画かしかないから。遊ぶ選択肢が多い人ってお金持ちなんでしょう」
「なんだそれは」
 根拠があるようなもっともらしい言い方だが、言いくるめられるのは同級生だけだろう。
 つい笑いが漏れてしまい、非難するような視線が刺さる。
「何年生だ?」
 右手を大きく開いて突き出される。
「十歳か」
「でも学校行ってないから」
「お待たせいたしました。デザートのティラミス、とプリンアラモードでございます」
 店員がそっと置く美しい皿の向こうでイツキはじっとこちらを見つめていた。
 試すように、窺うように、真実を述べた後の相手の反応に敏感になって。
 静寂が戻ってから、フォークに手を伸ばす。
「嫌いなのか」
「たまには行くよ。図書館は好きだし」
「ああ、そうか。図書館には行っているんだったな」
「先生は保健室登校って言ってた」
 あっけらかんと告げられたワードが、過去を呼び起こす。
 次々と刺さってくる懐かしいクラスメイト達の歪んだ目。
ー浦田くんって、変わってるよねー
 子供というのはマウンティングの天才だ。
 まだ染まりきってない野生の思考というか、本能が鋭いのだろう。
 あいつは餌にしていい。
 あいつには逆らうな。
 カップを支える指から力が抜けて、飲むのを諦める。
「そうか」
 この便利な三文字は、深いため息を含んで頻繁に使用される。
 奥に潜む感情の片鱗だけ匂わせて隠す、不思議な相槌だ。
 会議では使えない。
 会話だからこそ成り立ちうる音の羅列。
「……美味しい」
 マスカルポーネを舌上で味わうように、イツキはフフンッと笑った。
 子供らしく、空気を読んで。
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